三菱UFJ銀行におけるエンタープライズAI駆動開発のリアル
三菱UFJインフォメーションテクノロジー(MUIT)R&D部 尾根田倫太郎氏の講演まとめ 出典: SpeakerDeck
エンタープライズAI駆動開発とは
AI駆動開発とは、AIコーディングエージェントを前提とした開発方式のこと。従来の人海戦術的な開発と異なり、自然言語での指示により複数のソースコードが短時間で自動生成される。
三菱UFJ銀行(MUFG)では、この手法を金融システムの内製開発に適用する取り組みを進めている。
エンタープライズ特有の条件
一般的なAI駆動開発と異なり、銀行システムには以下の制約がある。
- 数十万〜数百万行規模のシステム
- 数十〜数百人規模のチーム
- Excel方眼紙での設計書作成が標準
- インターネット非接続環境での開発
主要ツールとして Cline または Claude Code を採用している。
Agent Skills — AIへの「教科書」
Agent Skills は、AIコーディングエージェントに教科書として機能するマークダウンファイルとして定義されている。2025年12月に Agentic AI Foundation により標準規格化された。
従来は「人への教育」が中心だったが、今後はAIエージェントへの教育へシフトするという発想の転換が示された。
Agent Skills とは何か
Agent Skills は、AIエージェントに新しい能力や専門知識を与えるための、フォルダ単位でパッケージ化された手順書・スクリプト・リソースの集合体である。エージェントが必要に応じてスキルを発見・読み込み、タスクをより正確かつ効率的にこなせるようにする仕組み。
公式サイト: agentskills.io
なぜ Agent Skills が必要か
AIエージェントは汎用的な能力は高いが、特定の企業・チーム・ドメイン固有のコンテキストを持っていない。Agent Skills はこのギャップを埋める。
| 対象 | メリット |
|---|---|
| スキル作成者 | 一度作れば複数のエージェント製品で横断的に利用可能 |
| エージェント開発者 | Skills 対応するだけでエンドユーザーが機能拡張できる |
| 企業・チーム | 組織の知識をバージョン管理可能なパッケージとして蓄積 |
SKILL.md の基本構造
Agent Skills の実体は、SKILL.md というマークダウンファイルを含むフォルダ。YAMLフロントマターでメタデータを定義し、本文に手順を記述する。
skill-name/
├── SKILL.md # 必須: メタデータ + 手順
├── scripts/ # 任意: 実行可能スクリプト
├── references/ # 任意: 補足ドキュメント
└── assets/ # 任意: テンプレート、画像等
SKILL.md の例:
| |
Progressive Disclosure(段階的開示)
Agent Skills はコンテキストウィンドウを効率的に使うため、3段階で情報を読み込む設計になっている。
- メタデータ(〜100トークン):
nameとdescriptionを起動時に全スキル分ロード → どのスキルを使うか判断 - 手順本文(推奨 5,000トークン未満): スキル発動時に
SKILL.md全文をロード - リソース(必要時のみ):
scripts/、references/、assets/内のファイルを都度読み込み
MCP との関係
Agent Skills は MCP(Model Context Protocol) と補完関係にある。
- MCP: 外部ツールやデータへの安全な接続を提供
- Agent Skills: それらのツールを効果的に使うための手続き的知識を提供
MCP が「何に繋げるか」なら、Agent Skills は「どう使うか」。
対応プラットフォーム(2026年2月時点)
Claude Code, Claude.ai, Cursor, OpenAI Codex, VS Code (GitHub Copilot), Gemini CLI, Amp, Roo Code, Goose, Cline, OpenCode, TRAE, Junie (JetBrains), Firebender, Spring AI, Databricks, Laravel Boost など 30以上のエージェント製品が対応。
公開48時間以内に Microsoft(VS Code)と OpenAI(ChatGPT / Codex CLI)が対応を完了し、GitHub リポジトリは 20,000 スターを突破した。
業界標準化の経緯
- 2025年12月9日: Anthropic が MCP を Agentic AI Foundation(AAIF) に寄贈。AAIF は Linux Foundation 傘下で、Anthropic・OpenAI・Block が創設メンバー
- 2025年12月18日: Anthropic が Agent Skills をオープンスタンダードとして公開
- Atlassian、Canva、Notion、Figma、Cloudflare、Stripe、Zapier などがパートナースキルを提供
エンタープライズでの活用ポイント
MUFGの講演で示されたように、Agent Skills はエンタープライズにおいて以下の価値を持つ。
- 組織固有の業務知識(金融規制、社内コーディング規約、設計標準)をスキルとしてパッケージ化
- 研修の代替/補完 — 人への教育だけでなく、AIエージェントにも同じ知識を教育
- ポータビリティ — ツールが変わっても同じスキルが使える(ベンダーロックイン回避)
- バージョン管理 — Git で管理でき、チーム全体で共有・改善が可能
デモ1: Excel設計書からコード生成
Excel設計書(Office Open XML 形式)をテキスト化し、AIに処理させるデモが実演された。LLMの能力向上により、フローチャートや図の意味理解が可能になってきている。
モデル別の設計書理解精度:
| モデル | 精度 |
|---|---|
| GPT-4o | × |
| Claude Sonnet 3.5 | △ |
| Claude Sonnet 4.5 以降 | ◎ |
デモ2: Figma → React コンポーネント生成
Figmaファイルから画像(PNG)を出力し、AIに解釈させてReactコンポーネントを生成する手法が紹介された。SVGは現時点で精度が低いため、画像処理のほうが有効とのこと。
7段階の内部研修カリキュラム
MUITでは体系的な研修プログラムを整備している。
- 基礎知識 — AI駆動開発の基本概念
- ゼロからの新規開発 — AIを使った新規プロジェクト
- テストコード生成 — テスト自動化
- Excel設計書拡張 — 既存設計書との連携
- リファクタリング — 既存コードの改善
- フレームワークマイグレーション — 技術スタック移行
- 設計標準準拠性チェック — 品質管理
ジュニアエンジニアの育成方針
「読み取り専用モード → 生成モード」の2段階アプローチを採用。
銀行システムでは「動作不明」のコードは許されない。AIに依存しすぎず、「自分で説明できる」水準までの習得を義務付けている点が印象的。
まだ体系化されていない課題
以下の3つが未解決の論点として挙げられた。
- チケットドリブン開発でのAI活用 — Issue/チケットからの自動実装フロー
- 数百万行の既存システムへの適用 — MCPサーバ活用の仮説
- MUFG特有の業務知識注入 — FineTuning、MemoryBank、MCPの検討
これらの知見は今後 Zenn のテックブログで公開予定とのこと。
所感
金融機関という規制の厳しい業界で、AI駆動開発を本格的に推進している事例として非常に参考になる。特に以下の点が興味深い。
- Agent Skills の標準規格化を見据えた「AIへの教育」という視点
- Excel方眼紙やオフライン環境といったエンタープライズ特有の制約への現実的な対処
- AIに頼りすぎない**「説明できる」を基準にした育成方針**
- SAFe(大規模アジャイル)との組み合わせによるチーム開発への展開
「AI時代では内製開発へのシフトが必須」というメッセージは、SIerに依存してきた日本の金融業界にとって大きな転換点を示唆している。