SAP を置き換えるのは現実的ではない——だからこそ、工夫しながら SAP を使い続ける方法を考える必要があります。a16z が公開した「Why the World Still Runs on SAP」というレポートを受けて、Kurashiru CTO の Masato Otake 氏が自社での業務 AI 開発の知見を交えてまとめた考察を紹介します。

ERPとは何か

ERP は単なるソフトウェアではありません。企業が何十年もかけて蓄積してきた業務ルール、承認フロー、例外処理の集合体です。組織の暗黙知がカスタムコードとして蓄積されており、長年稼働し続けています。

System of Record として、受発注・在庫・会計・人事まで、あらゆる業務の「正」のデータが ERP に集約されています。長年にわたって積み重ねられた業務ルールと例外処理は、まさに企業の制度的記憶そのものです。

もしリプレイスしようとしたら、数年単位の時間と億単位のコストがかかるでしょう。サンクコストがあまりにも大きいため、顧客側にリプレイスのニーズが強くないことが多い。

一方で、複雑化しすぎた ERP はアジリティ高く変更することが難しくなっています。何十年分のカスタマイズが積み重なり、一箇所を変えると別の業務に影響が出る。AI のような最先端を取り入れようにも、変更コストが高すぎてスピードについていけない状況です。

アクションレイヤーの登場

ここに機会があります。ERP そのものを置き換えるのではなく、その上を覆う「アクションレイヤー」を構築することです。

System of Action、Action Layer、Agent Layer など呼び方はいろいろありますが、要するに System of Record の上に被さって業務フローを自動化するレイヤー のことです。

ERP はデータの正として残り続けます。変わるのは、ユーザーが業務を行うインターフェースです。アクションレイヤーが ERP とユーザーの間に入り、操作を抽象化し、ワークフローを制御する。ERP に手を入れることなく、その上で業務ロジックの追加や変更を柔軟に行えるようになります。

これにより:

  • ERP 自体は安定した System of Record として維持しつつ
  • ビジネス環境の変化にはアクションレイヤー側でアジリティ高く対応できる

AI のような新しい技術も、ERP の改修なしにアクションレイヤーに組み込めるため、変更リスクとスピードのトレードオフを、レイヤーを分けることで解消する考え方です。

アクションレイヤーがもたらす2つの変化

1. ERPの操作をラップして使いやすくする

ERP の画面は複雑で、トランザクションコードや入力フィールドの知識が求められます。アクションレイヤーがこれを抽象化し、意図ベースの操作に変換することで:

  • ユーザーは ERP の画面構成を覚える必要がなくなる
  • オンボーディングコストや引き継ぎコストが大きく削減される

2. 複数システムを横断するオートメーション

「請求書の差異が3%を超えたら説明文を作成し承認にルーティング」のようなイベント駆動型の自動化は、SAP だけ、Salesforce だけでは実現できない、もしくは工数が大きすぎます。アクションレイヤーがシステム横断の制御を接着することで可能になる領域です。

Computer UseとHITL設計

これらを実現するうえで、技術的に鍵になるのが Computer Use です。企業の業務プロセスの多くは、いまだに API として公開されていません。画面操作でしかアクセスできないワークフローが全体の 30〜40% を占めるとも言われています。

Computer Use エージェントがこの領域をカバーすることで、API が届かない部分も自動化の対象になります。業務全体のカバレッジを十分に高めるためには、少なくとも短期的には Computer Use の技術進化が必要不可欠です。

また、あらゆるデータを ERP に自動で流し込んで良い訳ではないので、Human in the Loop(HITL)の設計も重要です。

  • 全自動にこだわって使い物にならないシステムより、人間を要所に挟んで確実に動く方が実際の業務では価値が高い
  • 特にエンタープライズでは、承認フローや監査証跡が業務要件として存在するので、HITL はガバナンス設計としても重要

泥臭い現場理解がラストマイルを埋める

実際の業務で使えるシステムにするには、公開情報には答えが落ちていない課題一つ一つに向き合う必要があります。

  • HITL をどの業務ステップに挟むか
  • 汎用化すべき部分と個別にチューニングすべき部分の境界をどこに置くか

こうした判断は現場に入り込んで業務を深く理解する必要があります。いずれ技術が枯れてきた時に、最終的に残るMoatは顧客との近さに収束していくと思います。

セキュリティ要件やガバナンスへの対応もMoatになるでしょう。ERP に接続するレイヤーである以上、権限管理・監査証跡・データの取り扱いポリシーは最初の設計段階から組み込んでおく必要があります。エンタープライズの現場では、機能が優れていてもセキュリティ要件を満たさなければ検討の土台にも乗せてもらえません。

Kurashiru では食品流通業界において、小売・卸・メーカーを繋ぐ流通業界の「広告」「販売促進」の業務オペレーションを自動化する AI サービスを開発しており、このような泥臭いラストマイルを現場に入って実践しているとのことです。


元ツイート: masatootake on X (2026-03-17)

参考レポート: a16z “Why the World Still Runs on SAP”