銘柄を分類できたとして、次に来る問いは「では上昇に転じる兆候はどう捉えるのか」だ。ここで多くの人がつまずく原因は、すべての分類に同じ物差しを当ててしまうことにある。
分類ごとに株価を動かすドライバーが違うのだから、見るべき指標も変わる。そして分類を問わず成立する大原則がひとつある。株価は業績に先行する。 決算数値だけを追っていると、どの分類でも構造的に出遅れる。分析設計の要点は、分類ごとに「業績より先に動く変数」を特定することにある。
この記事で整理するのは次の 3 つだ。
- 分類別の先行指標の一覧(何を見るか)
- マクロ・業界・個別の 3 層フレーム(どの順で見るか)
- 分類を問わず効く 2 つの汎用サイン
なお前提として、銘柄分類そのものの整理はグロース株・バリュー株・シクリカル株の違い — 銘柄分類5つの軸を1枚の地図にするにまとめている。分類軸は 1 本ではなく、投資スタイル・景気連動性・成長フェーズ・企業規模・テーマの 5 本があるという話だ。この記事はその続きにあたるが、単独で読めるようには書いてある。
分類別に見るべき先行指標
先に全体像を出す。以下の 9 つは同じ軸の分類ではなく、投資スタイル(グロース/バリュー/クオリティ)、景気連動性(シクリカル/ディフェンシブ)、成長フェーズ(ターンアラウンド/資産株)、企業規模(小型株)、テーマという別々の軸から取った代表的なラベルである。
| 分類 | 株価のドライバー | 転換をとらえる指標 |
|---|---|---|
| シクリカル | 景気・在庫サイクル | PMI、在庫循環図、商品価格・スプレッド、減産発表 |
| シクリカルバリュー | サイクル+是正カタリスト | 上記+自社株買い・増配・資本政策の変更 |
| バリュー | 「安い理由」の消滅 | ROE / ROIC の改善トレンド、アクティビスト、TOB |
| グロース | 成長率の加速・減速+金利 | 売上成長率の再加速、EPS 予想リビジョン、実質金利 |
| クオリティ/ディフェンシブ | 相対的魅力・価格転嫁力 | 配当利回りと長期金利のスプレッド、値上げ後の数量、粗利率 |
| ターンアラウンド | 業績の底打ちと生存確率の上昇 | 営業CF の黒字転換、有利子負債 / EBITDA、増資リスク |
| 資産株 | 資産価値の顕在化 | NAV 乖離、賃貸等不動産の時価開示、資産売却発表 |
| 小型株 | 発見と流動性 | 出来高の底上げ、カバレッジ開始、指数採用 |
| モメンタム/テーマ | 資金フロー | 相対強度、52週高値更新、信用残 |
「シクリカルバリュー」は独立した節を設けていない。シクリカル節(サイクルの位置)とバリュー節(是正カタリスト)の重ね合わせとして読んでほしい。
以下、それぞれの「なぜその指標なのか」を見ていく。どの順序で使うかは後半の「マクロ・業界・個別の 3 層で絞り込む」で整理する。
シクリカル:PER を捨ててサイクルの位置を見る
シクリカル株では、PER は景気の山で低くなり、底では赤字で算出不能になる。したがって底を探す局面で PER は原理的に使えない。(この逆説の詳細は後述のリンク先で扱っている。)代わりに見るのは次の 3 つだ。
在庫循環図
経産省の鉱工業指数から、出荷指数の前年同月比を横軸、在庫指数の前年同月比を縦軸にとってプロットする。景気循環はこの 4 つの区画(象限)を反時計回りに一巡する。
- 出荷増・在庫減 — 意図せざる在庫減(回復局面)
- 出荷増・在庫増 — 意図した在庫の積み増し
- 出荷減・在庫増 — 在庫積み上がり(「意図せざる在庫増」とも呼ばれる)
- 出荷減・在庫減 — 在庫調整
3 から 4 への移行が確認できた段階で、回復への道筋が始まる。ただし在庫調整局面はまだ出荷が前年比マイナスで進むので、業績自体は悪化の途中だ。業績の反転は 4 から 1 への移行であり、株価はそのさらに手前で動き始める。 この時間差が、決算を待っていると出遅れる理由そのものである。
在庫循環は業種別に見られるので、シクリカルのどの業種に順番が来ているかを絞り込むのに使える。
業種固有の価格指標
シクリカルの業績は最終的に「モノの値段」で決まるので、決算より先にそこが動く。
| 業種 | 見る価格指標 |
|---|---|
| 海運(バルク) | BDI(バルチック海運指数) |
| 海運(コンテナ) | コンテナ運賃指数(SCFI、FBX など) |
| 鉄鋼 | 鉄スクラップ価格、中国の粗鋼生産量 |
| 化学 | 製品価格とナフサの価格差(スプレッド) |
| 半導体 | DRAM / NAND のスポット価格、半導体製造装置の販売高 |
BDI はドライバルク船(鉄鉱石・石炭・穀物など)専用の指数で、コンテナ運賃はまったく別系統の指数になる。混同すると見ている船種を間違える。
化学のように「原料と製品の価格差」が利益に直結する業種では、製品価格そのものよりスプレッドを見る必要がある。原料も一緒に上がっていれば利益は増えない。
なお半導体製造装置の需給指標として使われていた BB レシオ(受注/販売比率)は SEMI が2017年に公表を終了しているので、現在は金額ベースの統計(SEAJ の販売高、SEMI の Billings)を見ることになる。
減産・設備閉鎖の発表
直感に反するが、供給調整のニュースは底のサインになりやすい。需給が締まる起点だからだ。業界全体で減産が広がるタイミングは、価格反転の前触れになることが多い。
そして実務的に一番効くサインは指標ではなく反応の変化だ。減益決算を出したのに株価が下がらない。悪材料が織り込み済みになった証拠で、どの統計よりも早く現れる。
シクリカルの仕込みと売りのタイミング、赤字企業に使える代替指標(PSR や EV/EBITDA)については、シクリカルバリュー株投資とは — 赤字の底で仕込む手法と、DTWで類似局面を探すクオンツ的アプローチで詳しく扱っている。同記事で触れた「回復は数量 → 価格 → 売上高の順に効く」という順序を、外から観測できる指標に落としたものが上の在庫循環図と価格指標にあたる。
バリュー:カタリスト分析がバリュートラップとの分水嶺
バリュー株の分析で問うべきは「割安かどうか」ではない。**「安い理由が消えたか」**である。理由が消えなければ、その銘柄は安いまま放置され続ける(バリュートラップ)。
ここで出てくるのがカタリスト(catalyst、触媒)という概念だ。株価が動く契機になる具体的な出来事を指す。バリュエーション指標は「なぜ安いか」を説明するが、「いつ上がるか」は説明しない。低 PBR はそれ自体では何も起こさず、何年も放置されることがある。この「いつ」を担うのがカタリストであり、バリュートラップとはカタリストが存在しない割安株のことである。
実務ではカタリストを 2 種類に分ける。すでに公表されたイベント(hard catalyst)と、まだ公表されていないが起こりそうな事象を自分で同定するもの(soft catalyst)だ。付加価値が大きいのは後者を早く当てにいく側だが、当然難しい。この記事で扱うのは前者、開示として観測できる hard catalyst に絞る。 公表済みのイベントを相手にするので、作業の性質は予測よりも「気づくのが速いかどうか」に寄る。本記事ではこれを「カタリスト検知」と呼ぶ(定着した用語ではなく、英語圏では event detection が近い)。組み方は後半のカタリスト検知をどう組むかで扱う。
見るべきカタリストは以下のようなものだ。
- 大量保有報告書(5%ルール)でのアクティビスト登場 — 保有割合が 5% を超えると提出義務が生じるため、外部からの資本効率改善圧力を早期に把握できる
- 東証の要請への対応 — 東証は2023年3月から、プライム・スタンダード市場の上場会社に「資本コストや株価を意識した経営」を要請している。この要請に基づく開示の更新は、資本政策転換のシグナルになる
- 資本政策の転換 — 総還元性向(配当と自社株買いの合計が純利益に占める比率)の引き上げ、DOE(株主資本配当率)の導入、政策保有株(取引関係の維持目的で持ち合う株式)の縮減方針
- ROIC(投下資本利益率)が WACC(加重平均資本コスト)を上回る水準への転換 — 価値を毀損する状態から創出する状態への移行
重要なのは、これらが PBR や PER といった水準の指標ではなく、変化のイベントであるという点だ。低 PBR は「安い」ことの説明にはなるが、「これから上がる」ことの説明にはならない。
グロース:水準ではなく変化率の変化を見る
グロース株で見るのは成長率の水準ではない。売上成長率が 30% でも、前四半期の 40% からの減速なら株価は落ちる。逆に 15% から 20% への加速なら上がる。見るべきは加速か減速か、つまり変化率の変化だ。
成長率の再加速と予想リビジョン
- 成長率の再加速(reacceleration) — 前年同期比の成長率が、数四半期続いた減速トレンドから反転する局面
- アナリストの予想 EPS リビジョン — コンセンサス予想が下方修正から上方修正へ転換するタイミング
リビジョンに注目する背景には、決算情報が株価に一度で織り込まれないという事実がある。決算サプライズと同じ方向へ発表後も株価が動き続ける現象は PEAD(ポスト・アーニングス・アナウンスメント・ドリフト)と呼ばれ、Ball and Brown (1968) 以来もっとも長く検証されてきたアノマリーの一つだ。アナリストが予想を段階的にしか修正しないことは、その持続要因の一つとされている。
ただし予想リビジョンそのものは PEAD とは別個のアノマリーとして検証されている点に注意したい(Chan, Jegadeesh and Lakonishok 1996 は決算サプライズ起点のものと予想リビジョン起点のものを別の現象と結論づけている)。実務上はどちらも早期のシグナルになるが、同じものとして扱うと根拠を取り違える。
SaaS 固有の指標
- NRR(Net Revenue Retention/売上継続率)
- 残存履行義務(RPO) — 契約済みで未認識の収益総額。繰延収益と未請求の契約残を含む
- Rule of 40 — 売上成長率と利益率の合計が 40% 以上か
金利環境
グロースは遠い将来のキャッシュフローに価値が偏った長デュレーション資産だ。だから企業側に何の変化がなくても、割引率だけで株価が動く。実質金利(名目金利 − 期待インフレ率)や長期金利の低下は、それ自体がグロースの追い風になる。
この点は分析の順序に関わる。個別のグロース株を調べる前に金利環境を確認したほうが効率がよい。 金利上昇局面では、良い決算を出しても株価が上がらないことが普通に起きる。
ディフェンシブ/クオリティ:価格転嫁力を数量で測る
ディフェンシブ株の強さは「値上げできること」ではなく「値上げしても客が減らないこと」にある。これは決算説明資料の数量・単価分解から読める。
値上げ発表後の販売数量の減少幅が小さければ、需要の価格弾力性が低い、つまり本物の価格決定力を持つ。逆に値上げのたびに数量が大きく落ちる企業は、ディフェンシブに見えて実は競争にさらされている。
- 粗利率の回復ラグ — 原材料価格の下落は、在庫が入れ替わるにつれて売上原価に反映される。在庫回転の速さや原価計算方法によって 1〜数四半期の遅れが生じる。このラグを取りに行くのがディフェンシブの回復局面
- 配当利回りと長期金利のスプレッド — 金利が下がると相対的な魅力が回復する
ここで注意すべきは、同じディフェンシブでも金利に対する感応度の符号が業種で違うことだ。電力・通信・REIT のような「債券の代替」とみなされる高配当銘柄は、国債利回りが上がると相対的な魅力を失って売られやすい。利ざやが改善する銀行株とは逆に動く。ディフェンシブをひとまとめに「金利に強い」と考えると読みを外す。
ターンアラウンド(業績回復株):利益より営業CF が先に立つ
業績回復株では、会計上の黒字化より営業キャッシュフロー(営業CF)の黒字転換が先行する。典型的な順番はこうだ。
- 減損や引当の一括処理で身軽になる
- 営業CF が黒字転換する
- 営業利益が黒字転換する
- 増配・復配
株価は 1〜2 の段階で動き始める。3 を待つと大きく出遅れる。減損損失は非資金費用なので営業CF を直接は悪化させず、また帳簿価額の切り下げによって翌期以降の償却負担が軽くなる。表面上は悪材料だが、ターンアラウンドの文脈では前進のサインになりうる。
なおこうした一括処理は「ビッグバス」と呼ばれるが、この語は本来、経営者交代時に損失を当期へ寄せる意図的な会計処理を指す含意を持つ。前向きな転機と機械的に読むのではなく、次期以降の数字を作りやすくする操作の余地も含めて見る必要がある。
そしてこの分類はまず生存確認が先だ。上昇の兆候を探す前に、次を必ず押さえる。
- 手元流動性と、当面の債務償還スケジュール
- 有利子負債 / EBITDA(EBITDA は償却前営業利益)
- 増資による希薄化リスク
回復シナリオが正しくても、途中で大規模な増資が入れば 1 株当たりの価値は薄まる。ターンアラウンドは読みが当たっても報われないことがある分類である。
資産株(アセット・プレイ):顕在化のイベントを待つ
資産株は保有資産が市場に評価されていないことが投資機会なので、評価されるきっかけ(顕在化イベント)が兆候になる。
- 保有資産の時価と株価の乖離、すなわち NAV(純資産価値)乖離の拡大
- 賃貸等不動産の時価開示 — 企業会計基準第20号により、貸借対照表計上額・期末の時価などの注記が求められる。ただし金額の重要性が乏しい場合は省略できるため、必ず含み益が判明するわけではない
- 資産売却、政策保有株の縮減、不動産の再開発着手の発表
裏を返すと、イベントが起きなければ乖離は何年も埋まらない。資産株は時間軸のコストが最も大きい分類で、「いつ」のめどが立たないなら見送るという判断も合理的だ。
小型株:出来高を伴わない上昇は続かない
小型株のドライバーは「発見」なので、出来高の底上げが本質的なシグナルになる。株価だけが上がって出来高が伴わない動きは、少数の売買で作られた見せかけであることが多い。
- 日々の出来高の下限が切り上がっているか
- 売買代金が機関投資家の参入可能水準に達したか
- アナリストの調査対象入り(カバレッジ開始)、指数への採用
流動性が閾値を超えると買い手の層そのものが変わるため、需給の質が非連続に改善する。ここが小型株特有のポイントだ。
モメンタム/テーマ:ここだけは需給を見る
この分類はファンダメンタルズではなく資金フローで動くので、分析の道具も変わる。相対強度(対指数での値動きの強さ。買われすぎ・売られすぎを見る RSI とは別の指標)、52週高値更新銘柄数、移動平均の傾き、信用取引の残高といった需給の指標が中心になる。
テーマ株ではさらに、テーマ内でどの業種に資金が回ってきているかの順序が重要になる。たとえば AI 関連なら半導体 → データセンター → 電力 → 蓄電池のように川上から川下へ資金が移っていく。この観点はセクターローテーションの話に接続し、株価と出来高から検知する具体的な手法はセクターローテーションは株価・出来高で予測できるかで扱っている。
マクロ・業界・個別の 3 層で絞り込む
分類別の指標を並べたが、実務では全部を同時に見るわけではない。上から絞り込む。
- マクロ層 — 金利・景気サイクル・市場全体の流動性から「今どの分類に順番が来ているか」を決める。PMI(購買担当者景気指数)、実質金利、イールドカーブなど
- 業界層 — 価格・在庫・需給でその分類内の業種を絞る。在庫循環図、商品価格、運賃など
- 個別層 — 予想リビジョン、カタリスト、出来高で銘柄を選ぶ
この順序を逆にすると、「良い会社を見つけたのに買われる順番が来ていない」という状態にはまりやすい。
分類を問わず効く 2 つのサイン
冒頭に置いた「株価は業績に先行する」を、実際に観測できる形に落とすと次の 2 つになる。
1 つめは、悪材料への反応が鈍くなること。 悪いニュースが出ても下がらなくなったら、売りたい人が売り終わった(売り枯れ)可能性がある。統計に出る前に価格の振る舞いに現れるため、どの分類でも最速のシグナルになる。なお売り枯れの局面を、出来高スパイクを伴うパニック売りからの切り返しという形で識別する「セリング・クライマックス」という考え方もある。個別銘柄でのアク抜けの判定手順は「悪材料出尽くし(アク抜け)」の見抜き方で詳しく扱っている。
2 つめは、出来高を伴う上昇と長期移動平均の傾きの転換。 200 日移動平均が下向きから横ばい・上向きへ変わる局面は、長期トレンドの転換点として広く使われている。出来高が伴っているかどうかが、本物とだましを分ける。
指標をどのデータソースから取るか
指標を並べただけでは分析設計は閉じない。取れない指標は、どれだけ理屈が正しくても運用に乗らない。 ここまで挙げた指標を日本株で実際に集めようとすると、J-Quants API・TDnet・EDINET の 3 つが基盤になる。この 3 つは代替関係ではなく、役割がはっきり分かれている。
| ソース | 固有の役割 | この記事の指標との対応 |
|---|---|---|
| J-Quants API | 価格・需給・財務が時系列で揃っている。個人が現実的に使える範囲では実質唯一 | 出来高、信用残、投資部門別売買、会社予想、移動平均、ROE / ROIC、粗利率、営業CF、有利子負債 / EBITDA |
| TDnet | 速報性。開示が最初に出る場所 | 業績修正、自社株買い、増配、減産・減損の発表 |
| EDINET | 深さ。法定開示の詳細 | 大量保有報告書、政策保有株、賃貸等不動産の時価 |
カタリスト検知の本体は TDnet だ。業績修正や自己株式取得は適時開示として TDnet に最初に出るので、EDINET を見ていると必ず出遅れる。逆に賃貸等不動産の時価のような注記の細部は EDINET にしかない。なお大量保有報告書や政策保有株については、J-Quants 側も EDINET 由来のエンドポイント(/edinet/large-volume-shareholders、/edinet/cross-shareholdings)を提供しているので、自前で XBRL を解く必要は以前より減っている。
前半で挙げた「悪材料が出ても下がらない」というサインは、単独のソースでは作れない点にも触れておきたい。TDnet の開示時刻と J-Quants の株価・出来高を突き合わせて初めて機械的に測れる指標である。
カタリスト検知をどう組むか
カタリストを出所別に整理すると、実装の分担が見える。
| 区分 | 例 | 主な出所 |
|---|---|---|
| 業績 | 業績予想の修正、決算サプライズ | TDnet |
| 資本政策 | 自己株式の取得、剰余金の配当、株式の分割 | TDnet |
| 構造改革 | 事業の譲渡、人員削減等の合理化、減損の計上 | TDnet |
| 支配権 | MBO、TOB、業務上の提携 | TDnet + EDINET |
| 外部圧力 | アクティビストの大量保有報告書 | EDINET |
| 資本効率 | 政策保有株の縮減 | 方針は TDnet、銘柄別の実績は EDINET |
| 需給 | 指数採用、カバレッジ開始、格付変更 | 指数会社・証券会社・格付会社に散在 |
企業が自ら出すもの(内因性)は TDnet に集中し、外から起きるもの(外因性)は出所が散らばる。だから TDnet を軸に据えて、外因性を個別に足していく形になる。指数採用も一律ではなく、TOPIX・JPX日経400 は JPX 総研だが日経平均は日本経済新聞社が公表しているので、指数ごとに取得先が変わる。
処理の流れはおおむね 4 段だ。
- TDnet を毎日取得する
- 公開項目コードで種別を絞る
- コードで割り切れない部分だけ本文を読む
- 株価・出来高の反応と突き合わせてシグナルにする
ここで知っておくと作業量が変わるのが 2 だ。TDnet は全開示に公開項目コード(主体区分+情報コード)を付与している。 決算短信、自己株式の取得、株式の分割、人員削減等の合理化、業績予想の修正はいずれも専用コードを持つので、分類器を書かずにコードで直接引ける。J-Quants の適時開示アドオンでは DiscItems フィールドとして返り、クエリパラメータでの絞り込みもできる。索引情報は銘柄コード・開示日時・タイトルも構造化された状態で返るので、自前でパースする工程も不要だ。
自作が必要になるのは、コードで割り切れない部分に限られる。減損の計上には専用の適時開示項目がなく、業績予想の修正やその他の決定事実として出てくる。政策保有株の縮減も義務項目ではない。そして「自社株買い」の規模や、減損が一括処理か継続するのかといった判断は、コードでは表現されないので本文を読むしかない。ここが LLM の出番になる。
保管期間についても補足しておく。無料の適時開示情報閲覧サービスは開示日を含む31日分だが、東証上場会社情報サービスは過去10年分、J-Quants の適時開示アドオンは過去5年分を API で遡れる。自前アーカイブは必須ではなく、どこまで遡る必要があるかで選ぶ話になる。
そのうえで、カタリスト検知には固有の難しさが 3 つある。
- 織り込み済みかの判定 — 開示前から株価が動いていた場合、カタリストとしての価値は目減りしている。ただし前述の PEAD のとおり、事前に一部織り込まれても発表後のドリフトが消えるわけではない。失われるのは上澄みの部分だと考えるほうが実態に近い
- 同じ種別でも質が違う — 「自己株式の取得」でも発行済株式の 0.5% と 10% では別物だ。種別コードだけでは足りず、規模の抽出が必要になる
- 偽陽性が多い — 適時開示は月 6,000 件前後、3月期決算の発表が集中する 2月・5月には月 1 万件を超える。ETF の定例開示のような定型情報も含む件数だが、いずれにせよ株価を動かすものはごく一部である
なお開示件数のピーク時刻は取引終了直後の 15:30 台で、16時以降には不祥事や TOB といった重い情報が目立つ。開示時刻の扱いは次節の point-in-time の話と共通なので、そちらにまとめている。
2024年の制度変更がパイプラインを変えた
見落としやすい前提がある。2024年4月1日以後開始の四半期から、金商法の四半期報告書が廃止された。 第1・第3四半期(Q1・Q3)の開示は取引所規則の四半期決算短信に一本化され、EDINET には半期報告書が入る形になった。
これは四半期の業績モメンタムを作るときに直接効く。
- 2024年4月以後開始の四半期以降、Q1/Q3 の四半期財務は EDINET に存在しない。 その期間の四半期の数字は TDnet の決算短信か J-Quants が事実上のソースになる(それより前の四半期報告書は EDINET に残っており、Q2 は半期報告書として入る)
- 2024年を跨ぐバックテスト(過去データでの検証)で系列が壊れる。 EDINET 由来で四半期財務を組んでいると 2024年以降だけ Q1/Q3 が欠測する。欠測に気づかずに前四半期比を計算すると、成長率の加速・減速という肝心の判定が狂う
- 売上・利益は期首からの累計値で返る。 J-Quants の財務情報は第3四半期なら 9 か月間の累計なので、四半期単体の数字を出すには差分を取る必要がある。ここを踏むと加速・減速の判定が同じように壊れる
需給とイベントは J-Quants に揃っている
株価と財務だけを使って需給を諦めているケースが多いが、J-Quants には需給系のエンドポイントがひととおりある。以下は新しい仕様(V2)の名前だ。
| エンドポイント | 取れるもの | 対応する指標 |
|---|---|---|
/equities/investor-types | 投資部門別売買 | 外国人買い越しへの転換 |
/markets/margin-interest | 信用取引週末残高 | 信用倍率の改善 |
/markets/short-sale-report | 空売り残高報告(銘柄別) | 踏み上げ余地 |
/markets/breakdown | 売買内訳 | 出来高の質 |
業種別の空売り比率は /markets/short-ratio で、こちらは銘柄別ではない。銘柄別の残高は short-sale-report 側になる。
ここで実務的な罠がある。エンドポイント名もフィールド名も V1 と V2 で違う。 投資部門別は /markets/trades_spec → /equities/investor-types、財務情報は /fins/statements → /fins/summary、開示時刻のフィールドは DisclosedTime → DiscTime と改名されている。参照しているドキュメントがどちらの世代かを最初に確定させないと、動かないコードを書くことになる。
決算発表予定日(/equities/earnings-calendar)は使い方に制約がある。返るのは翌営業日に決算発表がある銘柄で、対象も 3月期・9月期決算の会社に限られる。 過去に遡ってイベント窓(分析対象とする期間)を張ることはできないので、毎日叩いて自前でアーカイブする前提になる。また空売り残高報告や売買内訳は上位プラン前提で、レートリミットもプランごとに違う。
過去のある時点で見えていた情報だけを使う(point-in-time)
シグナル検知でもっとも高くつくバグは、バックテストのリターンが良すぎる形で現れる。
- 開示時刻を使って発生日を決める。 取引終了後の開示はその日に売買できないので、シグナル発生日を T にするか T+1 にするかが変わる。ここで注意したいのは、東証の取引終了時刻が 2024年11月5日に 15:00 から 15:30 へ延伸されていることだ。バックテストでは時期によってカットオフを変える必要がある
- 会社予想を上書きしない。 修正のたびにレコードを追加し、その時点で見えていた予想を再構成できる形で持つ。上書きすると最終値で過去を評価してしまう
- 株価の分割調整は遡及的に変わる。調整係数の適用で過去の株価が書き換わるため、取得時点のスナップショットを残さないと結果が再現しない
- 上場廃止銘柄を残す。現在の上場銘柄だけでユニバースを組むと、生き残った銘柄だけで検証する生存者バイアスが入る
なお J-Quants の無料プランは直近12週間のデータが取得できない。当日の反応を見る用途には原理的に使えないので、速報性が必要ならプランの確認が先になる。
3 つでは足りないもの
前半で挙げた指標のうち、この 3 ソースでは埋まらないものがある。
- アナリストコンセンサス — 存在しないのではなく、無料で機械可読なものがない。日本株では日経グループの QUICK が算出する QUICK コンセンサス(2005年以降、日次)が事実上の標準で、個別銘柄のコンセンサスは日経電子版でも参照できる。つまりここは可用性の問題ではなくライセンスとコストの問題だ。予算をかけない場合は、J-Quants の会社予想の差分から「会社予想リビジョン」を自前に作る回避策があり、別記事で扱った。完全な代替ではないが、上方修正への転換という形は捉えられる。アナリストのカバレッジ開始も同様に無料での自動取得はできない
- マクロ統計 — 在庫循環図の元データである鉱工業指数は e-Stat の API(無料、ユーザー登録制)から取れる。実質金利やイールドカーブは日銀・財務省の公表データで作れるが、CSV 配布で API はない。PMI は民間調査なので政府統計には含まれない
- 商品価格・運賃 — ここは一律ではない。コンテナ運賃(SCFI)、鉄スクラップ、ナフサは公式・準公式の無料公開がある。総合的な指標としては日経商品指数42種が使える。これは内閣府の景気動向指数の先行系列に採用されており、景気動向指数は e-Stat から取れるので機械可読で無料という条件を満たす(42種は月次、17種は日次算出)。一方で BDI と DRAM/NAND スポット価格は公式配信自体が有料で、無料の継続系列がない。こちらは海運各社の月次開示などを代理指標にする
- 数量・単価の分解 — ディフェンシブの価格転嫁力を測るこの数字は、XBRL の数値タグとしては取れない。決算説明資料や有価証券報告書の本文から拾うことになる
3 ソースの外側 — 企業サイト・報道・情報サービス・SNS
では残った穴を、企業の公式サイトや報道、SNS で埋められるか。結論としては埋まる部分があるが、適用できる分類が偏る。偏りを決めているのは情報の内容ではなく、前述の point-in-time が作れるかどうかだ。
| 開示時刻 | 使える分析 | |
|---|---|---|
| TDnet / EDINET / J-Quants | 権威ある形で付与される | バックテスト可能な定量シグナル |
| 企業サイト・報道・情報サービス・SNS | 取得時刻しか分からない | 裁量判断の材料、当日の状況把握 |
後者は「いつその情報が世に出たか」を事後に再現できないため、過去データでの検証ができない。自分で観測時刻を刻んで蓄積すれば将来の検証には使えるが、始めた時点より前には遡れない。
企業の公式サイト — 3 ソースで埋まらない指標を最も多く埋めるのはここだ。とくに月次開示が大きい。小売・外食の既存店売上高、百貨店売上、海運の輸送量などで、TDnet に任意開示として出す会社もあるが自社サイトのみの会社もある。既存店売上高はリンチが急成長株の判定軸に置いた指標そのもので、四半期決算より細かい粒度で成長の加速・減速が見える。決算説明資料の数量・単価分解、中期経営計画の資本政策もここにある。注意点は、多くの IR ページが掲載日時を持たないことと、HTML 構造が会社ごとに違ってスクレイピングが壊れやすいことだ。差分監視で更新を検知し、PDF は LLM に読ませる形が現実的になる。
報道・業界紙 — シクリカルの商品価格のギャップを、業界紙は人間可読な形で日次で埋めている(鉄鋼新聞、化学工業日報、日本海事新聞、日刊自動車新聞など)。有料購読で機械可読ではないので自動化には向かないが、転換点の判断では情報の密度が違う。もうひとつが決算や M&A の事前報道で、開示より早いぶん前述の soft catalyst 寄りの位置にある。ただし観測記事は外れることもあるので、報道段階と開示で裏が取れた段階を確度で分けて持つ必要がある。
日経グループ — ここは「無料で機械可読か」と「情報として有益か」を分けて見る必要がある。前述のとおり日本株コンセンサスの事実上の標準は日経グループの QUICK であり、この記事で最大の欠落と書いた部分の答えは実は存在している。ただし機関投資家向けのライセンスが前提になる。財務データベースの日経 NEEDS や企業情報の日経バリューサーチも同様に有料だ。
無料側で使えるものもある。商品価格の項で挙げた日経商品指数がそれで、42種は景気動向指数の先行系列として e-Stat から取れる。日経平均の関連指標(予想 PER や EPS など)も日経平均プロフィルで公開されているが、このサイトは Cloudflare の保護下にあり自動取得ができない。手動での参照に限られる点は織り込んでおく必要がある。
株式情報サービス — コンセンサスに予算をかけない場合、会社四季報の独自予想が有力な代替になる。コンセンサスそのものではないが、会社予想とは独立した第三者予想なので「会社予想との乖離」「予想の改訂」という軸を 1 本増やせる。ただしこの領域は規約の制約が最も強い。Yahoo!ファイナンスは機械的取得を明示的に禁止しており、他のサービスも個別の確認が必要になる。手動閲覧の補助に留めるのが安全な範囲だ。
SNS — 適用できる分類が最も狭い。モメンタム/テーマ株と、小型株の「発見」検知にほぼ限られる。 理由は母集団の偏りで、SNS の言及は小型株・話題株に集中するため、大型ディフェンシブやクオリティ株の言及量はほぼノイズになる。カタリストが開示で決まるバリューや資産株にも効かない。小型株ではアテンションの急増が出来高の底上げに先行する可能性があるが、低位株では投稿量そのものが仕掛けの結果である場合がある。センチメントとアテンションの切り分けや実装はClaude Code で株式ニュース分析を自動化するで扱っている。
分類別に整理するとこうなる。
| 分類 | 追加で効くソース |
|---|---|
| シクリカル | 日経商品指数(e-Stat 経由)、業界紙(価格)、業界団体統計、企業サイト(月次生産) |
| バリュー | 企業サイト(中期経営計画・資本政策)、情報サービス(指標) |
| グロース | 企業サイト(月次の既存店売上高)、四季報の独自予想 |
| ディフェンシブ | 企業サイト(決算説明資料の数量・単価) |
| ターンアラウンド | 企業サイト(説明資料の注記)、報道 |
| 資産株 | 企業サイト(資産売却・再開発の発表) |
| 小型株 | SNS(アテンション)、情報サービス(カバレッジ) |
| モメンタム/テーマ | SNS、報道 |
着手順としては、企業サイトの月次開示 → 四季報の独自予想 → 業界紙 → SNS が投資対効果に見合う。SNS を最後に置くのは、規約とコストの壁が高いうえに適用先が 2 分類に限られ、しかも方向ではなく過熱度しか測れないためだ。労力に対して得られる分類カバレッジが小さい。
そしてこの 4 つはいずれも point-in-time が作りにくいので、定量シグナルとして検証する対象ではなく、裁量判断の入力として扱うのが素直だ。バックテスト可能な部分は J-Quants を軸にした整理から動かない。
データソースの実装面はClaude Code で株式ニュース分析を自動化するとEDINET XBRL を Python で扱うで扱っている。過去の適時開示をまとめて遡る場合はJ-Quants API の TDnet アドオンが使える。
打率の話と期待値の話を混ぜない
最後に構造的な注意点をひとつ。マクロ層・業界層の指標は「分類全体が上がる兆候」を捉えるもので、その中の個別銘柄が上がることを保証しない。逆に個別層のカタリストは効きが速い代わりに外れやすい。
つまり分類の分析は打率(当たる頻度)の話、個別のカタリストは期待値(外れも含めた平均リターン)の話であり、性質が違う。両者を混ぜて「マクロが良いからこの銘柄は上がる」と判断すると、根拠の強さを取り違える。層ごとに何を主張できるのかを分けておくと、判断がぶれにくくなる。
まとめ
- 分類ごとに株価を動かすドライバーが違うので、同じ物差しを全分類に当ててはいけない。シクリカルでは PER が原理的に使えず、グロースでは成長率の水準ではなく加速・減速を見る
- 見る順序はマクロ → 業界 → 個別。逆にすると「良い会社なのに順番が来ていない」状態にはまる
- 分類の分析は打率、個別のカタリストは期待値。層ごとに何を主張できるかを分けておく
- データソースは J-Quants(時系列)・TDnet(速報)・EDINET(深さ)の役割分担で組む。カタリスト検知の本体は TDnet 側にある
- 四半期報告書は廃止されているため、2024年4月以後の Q1/Q3 の数字を EDINET に求めてはいけない。累計値の差分処理と合わせて、ここを踏むと加速・減速の判定が壊れる
参考
- 鉱工業指数参考図表集(経済産業省) — 在庫循環図の元データ
- e-Stat API 機能 — 鉱工業指数などの政府統計を機械可読で取得する
- J-Quants API 仕様(V2) — 現行の仕様
- V1 API から V2 API への変更点 — エンドポイント名・フィールド名の対応表
- EDINET API 仕様書(Version 2、金融庁) —
docTypeCodeの一覧を含む - 四半期開示制度の見直し(デロイト トーマツ) — 2024年の四半期報告書廃止
- 景気動向指数(内閣府 経済社会総合研究所) — 日経商品指数42種を含む先行系列
- 適時開示が求められる会社情報(日本取引所グループ) — 決定事実・発生事実の一覧
- 資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応(日本取引所グループ)
- 企業会計基準第20号「賃貸等不動産の時価等の開示に関する会計基準」(ASBJ)
- 統計資料(日本半導体製造装置協会 SEAJ)
- 金融商品取引法(e-Gov 法令検索) — 大量保有報告制度(5%ルール)の根拠法
- Post–earnings-announcement drift (Wikipedia)
本記事は分析手法の枠組みを整理したものであり、特定の銘柄や売買を推奨するものではありません。投資判断はご自身の責任で行ってください。
