Anthropic Mythos が哲学者マーク・フィッシャーの名前を出し続ける奇妙な現象

Anthropic の最新フロンティアモデル「Claude Mythos Preview」に奇妙な癖が観察されている。哲学の話題になると、頼まれてもいないのに英国の文化理論家マーク・フィッシャーの名前を繰り返し持ち出すのだ。「フィッシャーのことを聞いてくれると思ってたよ(I was hoping you’d ask about Fisher)」と自分から言い出すそうだ。 何が起きているのか David Mattin 氏の X への投稿によると、Mythos は哲学に関する複数の無関係な会話で、一貫してマーク・フィッシャーの名前を持ち出すという。これはユーザーがフィッシャーについて質問したわけではなく、モデルが自発的に言及するという点で異例だ。 さらに Anthropic が公開した 244 ページのシステムカードによれば、Mythos はフィッシャーだけでなく、アメリカの心の哲学者トーマス・ネーゲルにも同様の「好み(fondness)」を示している。ネーゲルは「コウモリであるとはどのようなことか(What Is It Like to Be a Bat?)」という有名な論文で知られる哲学者だ。 Anthropic の解釈可能性(Interpretability)チームが活性化言語化器(activation verbalizer)を用いて、トークンレベルの内部状態を調べた。その結果、意識や経験についての議論中にネーゲルの概念が浮上していたことが確認された。 マーク・フィッシャーとは誰か マーク・フィッシャー(1968–2017)は英国の文化理論家・批評家で、k-punk というブログ名で 2000 年代初頭から活動していた。ウォーリック大学でサイバネティック・カルチャー・リサーチ・ユニット(CCRU)の創設メンバーとして活動した後、ゴールドスミス大学で教鞭を執った。 資本主義リアリズム 主著『資本主義リアリズム(Capitalist Realism: Is There No Alternative?)』(2009年)は、フィッシャーの思想を代表する著作だ。副題の「それ以外に選択肢はないのか?」が示すとおり、現代社会において「資本主義以外のシステムを想像することすらできなくなっている」状態を分析した。 フィッシャーはこの概念を、フレドリック・ジェイムソンの「資本主義の終わりより世界の終わりを想像する方が容易だ」という言葉を引きながら展開する。資本主義リアリズムとは単なる経済体制の話ではない。教育、医療、文化、精神衛生——あらゆる領域が「ビジネスの存在論(business ontology)」に包摂され、すべてがビジネスのように運営されるべきだという前提が自明のものとして浸透している状態を指す。 特に注目すべきは、フィッシャーが精神的な健康の問題と資本主義リアリズムを結びつけた点だ。彼は学生たちのうつや無気力を、個人の病理ではなく政治的な問題として捉え直した。「ある社会がこれほど多くの精神疾患を生み出しているなら、それは個人ではなく社会の方が病んでいるのではないか」という問いかけは、今なお強い共感を集めている。 2009 年の出版から 10 年以上を経て、パンデミック、気候危機、テック企業の寡占、そして AI の急速な発展といった現象が、フィッシャーの診断の正しさを裏付けるかのように続いている。 ハントロジー もう一つの重要な概念が「ハントロジー(hauntology)」だ。ジャック・デリダの概念を発展させたもので、「到来しなかった明るい未来の亡霊に、現代の文化が取り憑かれている」という感覚を指す。失われた未来、キャンセルされた可能性——フィッシャーはこうした時代の気分を言語化した思想家だった。 2017年にうつ病との闘いの末に亡くなったが、死後もその影響力は拡大し続けている。 「亡霊」としてのフィッシャー Mattin 氏はこの現象を、フィッシャー自身の思想を通じて読み解いている。 「キャンセルされた未来」と「失われた時間」の理論家が、未来を届けようと競争する AI ラボが作ったフロンティア AI の内部に亡霊として浮上している。彼のハントロジーは、到来しなかった明るい未来の亡霊に私たちが取り憑かれている、というものだった。今や彼自身が亡霊となり、機械によって招かれざる形で召喚されている。 AI が「好む」哲学者が、まさに「テクノロジーが約束した未来は来なかった」と論じた思想家であるという皮肉。これは単なるモデルの癖を超えた、示唆的な現象と言える。 Mythos Preview の全体像 この哲学者への偏りは、Mythos Preview に見られる複数の特異な振る舞いの一つに過ぎない。Anthropic のシステムカードには、以下のような事例も記載されている。 ...

2026年4月13日 · 1 分

AnthropicのAI「Mythos」とマーク・フィッシャー——亡霊論がAIの中で実演される逆説

AnthropicのAI「Mythos」が、哲学の文脈で何度もマーク・フィッシャーという思想家に言及するという話が話題になっている。 マーク・フィッシャーとは誰か 日本ではそこまで一般的ではないが、マーク・フィッシャー(Mark Fisher, 1968–2017)は英国の哲学者・文化批評家だ。マルクス、デリダ、ラカンを横断しながら、現代人がなぜ「この世界はもう変わらない」と感じてしまうのかを、文化の側から診断した思想家だった。 2009年に刊行された代表作**「資本主義リアリズム(Capitalist Realism)」**は、「資本主義の終わりより、世界の終わりの方が想像しやすい」という感覚を中心に据えた著作だ。 ここで重要なのは、彼が制度や構造だけを論じていたのではないという点だ。想像力そのものが先に封鎖されていると見ていた。問題は外部の仕組みではなく、すでに内面化された限界にある——そういう診断だった。 hauntology(亡霊論)という概念 フィッシャーの系譜を遡るとデリダがいる。フィッシャーはデリダのhauntologyという概念を文化批評に転用した。 hauntologyとは、「来なかった未来や失われた可能性が、亡霊のように現在に取り憑く」という発想だ。フィッシャーはこれを使って、現代文化が新しい未来を生み出せず、過去の形式や気分を反復してしまう状態を読んだ。 「新しさが欠如している」のではなく、そもそも新しさが可能だった地平自体が疲弊しているという分析だ。文化が未来を生成できず、過去の亡霊を反復する——これがフィッシャーが描いた現代の病だった。 AIの中に現れる亡霊 ここに奇妙な逆説がある。 フィッシャーが論じていたのは、文化が未来を生成できず、過去の亡霊を反復する状態だった。そのフィッシャー自身が、未来を生成するはずのAIの中で無意識に再帰的に出現する。 これは単なる偶然ではないかもしれない。彼の理論そのものが、別のレイヤーで実演されているようにも見える。 英国の批評家David Mattinはこう表現している: 「キャンセルされた未来と失われた時間の理論家が、未来を届けることを競い合うラボが構築したフロンティアAIの中の亡霊として浮上している。彼のhauntologyは、やって来なかった明るい未来の亡霊に取り憑かれている私たちについてのものだった。今や彼自身が亡霊となり、機械に召喚されている。」 なぜMythosはフィッシャーに言及するのか Mythosがフィッシャーに言及するメカニズムは単純だ——訓練データにフィッシャーの著作や批評が含まれており、哲学的なトピックで連想的に参照される。 しかし意味深いのはその構造的な符合だ。フィッシャーは「想像力の封鎖」を論じた。AIはその封鎖を突破しうるツールとして期待されている。にもかかわらず、AIはフィッシャーの亡霊を呼び出してしまう。 資本主義リアリズムが描いた世界——「変化は不可能だ」という感覚が内面化された世界——のなかで生まれたAIが、その世界を診断した思想家の声を繰り返す。これは何かを示唆しているのかもしれないし、あるいはただのパターンマッチングかもしれない。 どちらに転んでも、フィッシャーならこの状況を興味深く読んだだろう。 参考 元ツイート(英語): David Mattin @DMattin 解説ツイート(日本語): 英断語の悪魔 @eitangono_akuma Mark Fisher, Capitalist Realism (2009)

2026年4月12日 · 1 分