概要
エージェントを叩く役を人間から機械へ移す設計手法。Addy Osmani の定義が端的である。
Loop engineering is replacing yourself as the person who prompts the agent. You design the system that does it instead.
人間はゴールだけを決め、発見 → 計画 → 実行 → 検証 → 修正のサイクルはシステムが回す。AIエージェント設計の5レイヤー の第4層にあたる。
ハーネスとの違い
混同されやすいので整理する。ハーネスはループの前提であり、ループがハーネスを置き換えるわけではない。
| 観点 | ハーネスエンジニアリング | ループエンジニアリング |
|---|---|---|
| 対象 | 単一エージェント | 複数エージェント+スケジューラ |
| レイヤー | 実行環境レイヤー | 制御プレーンレイヤー |
| 比喩 | 1台の機械にレールと安全柵を設置 | 工場全体を自動スケジューリングする生産ライン |
| 起動方法 | 人間がプロンプトで起動 | 時刻・イベント・条件で自律起動 |
| 終了判断 | エージェントが完了を宣言 | 検証ゲートが「合格」を判定 |
2つの軸
スケール:シングル ⇄ フリート
- シングルエージェントループ — 1体が全サイクルを回す。「自分の下書きを自分で直す人」。スコープが小さく集中した作業向き
- フリートループ — オーケストレーターがゴールをスペシャリストへ分解し、さらにサブエージェントへ細分化する。全員が同じサイクルを回す
フリートは「AI が勝手にやってくれる」と語られがちだが、実態は誰が何を見るかの設計が全部で、そこは人間の仕事である。
裁量:オープン ⇄ クローズド
- オープンループ — 広い裁量を与えて自由に探索させる。強力だがトークンを高速に消費する
- クローズドループ — 人間が事前に経路を設計する。ゴール明確・ステップ定義・各ステップに評価・終了条件あり
始めるならクローズドループ一択。 品質ゲートなしでオープンに回すと、速くて安いが質の低い成果物が量産される。
6つの構成部品
| 部品 | 効く段 | 役割 |
|---|---|---|
| オートメーション | DISCOVER | ループを起動するトリガー(ハートビート)。Claude Code なら /loop(定期再実行)と /goal(条件成立まで継続) |
| ワークツリー | EXECUTE | git worktree で各エージェントに独立した作業ディレクトリを与え、並列実行のファイル衝突を防ぐ |
| スキル | DISCOVER | SKILL.md に規約・ビルド手順・禁止事項を書き、開始時点でプロジェクトを知っている状態にする |
| コネクタ/プラグイン | EXECUTE | MCP 経由でイシュートラッカー・DB・Slack へ手を伸ばす。「直し方はこちら」ではなく PR を開くところまで自走させる |
| サブエージェント | VERIFY | 作成者と検証者を分ける。書いたモデルは自分の欠陥を見落とす |
| メモリ/ステートファイル | 全段 | 実行をまたいで「試したこと・通ったこと・未解決のこと」を持ち越す。モデルは忘れる、リポジトリは忘れない |
作る前の4条件テスト
ループは4条件が揃ったときだけコストに見合う。1つでも欠ければリターンを上回るコストがかかる。
- タスクが繰り返される — セットアップコストを多数の実行に分散できるか。週次未満なら設定する意味がない
- 検証が自動化されている — テスト・型チェック・リンター・ビルド。自動ゲートがなければ結局すべての差分を人間が読む
- トークン予算が無駄を吸収できる — リトライと探索で消費する
- エージェントにシニアエンジニアの道具がある — ログ、再現環境、コードを実行して壊れ方を見る能力
今はスキップすべきケース
- コンシューマープランの個人開発者(トークン代が生産性向上より先に来る)
- 自動検証のないコードベース
- レビュー能力がボトルネックのチーム — ループはコードを増やすだけでレビューキューを伸ばす
最小実行可能ループと撤退ライン
4条件を通過したら、派手な構成の前に動く最小のループを作る。部品は4つ、スワームは不要。
1つのオートメーション/1つのスキル/1つのステートファイル/1つのゲート。
順序が重要:まず手動実行を1回信頼できるものにする → スキルにする → ループに包む → スケジュールする。先へ進みすぎると、誰も理解しないシステムに金を払うことになる。
撤退ラインの指標は
cost per accepted change(受け入れられた変更あたりのコスト)。消費トークン数でも試行タスク数でもない。受け入れ率が50%を下回ったら、ループが節約するはずだったレビュー作業を自分でやっていることになる。
3つの罠
ループには「スムーズに回ること自体が危険」というパラドックスがある。
罠1:検証の死角
無人で動くので、無人のままミスを犯す。「完了」は自己申告であって証明ではない。 証拠を出さないループは自信過剰な乱数発生機に等しい。
静かに失敗する典型がラルフ・ウィグムループ(Geoffrey Huntley が記録・命名)——実際に検証する仕組みがないまま同じことを延々と繰り返す状態。
罠2:Comprehension Debt(理解の負債)
ループが滑らかなほど、生成させたコードから疎遠になる。デリバリーが加速すると同時に乖離も加速する。技術的負債とは別種の負債である。
罠3:Cognitive Surrender(認知的降伏)
最も危険。判断基準を持つことをやめ、ループが出したものをすべて受け入れてしまう。「AI がそう言うので」が口癖になったら赤信号。
判断力を持ちながらやるなら、ループの設計は解毒剤になる。思考から逃げるために使うなら、それは促進剤になる。同じ行動でも、結果は正反対になる。 — Addy Osmani
セキュリティ税
無人ループは攻撃面を広げる。スキル経由のプロンプトインジェクション、ログに残るクレデンシャル、権限スコープの肥大化(permission scope creep)が主な論点である。公開スキル 17,022 件のうち 520 件でクレデンシャル漏洩が観測された、という調査もある。
ループを機能させる条件は「合格条件の定義」
手順を並べただけではループは機能しない。決め手になるのは何をもって合格とするかを定義することで、判定者を 2 種類に分けて置く。
- 機械のゲート — 数値で判定できるもの
- 人間のゲート — 非可逆なリスクを含むもの(訴求の妥当性、法務表現、ブランドとの整合)
そして「回すほど賢くなる」を成立させるのは結果を SKILL.md に書き戻したときだけである。書き戻しがなければ毎回ゼロから同じ工程を繰り返すだけになる。しかも蓄積すべきは勝ちパターンより却下理由のほうが効く。
コスト面では全周を高いモデルで回す必要はない。構成設計だけ高いモデル、反復は安いモデルという配分が素直で、差は本数に比例して開く。
関連ページ
- エージェントループ設計(4種類のループ) — Claude Code 公式の Turn / Goal / Time / Proactive 分類
- ローカルLLM比較 — 反復を安いモデルへ振り分ける判断軸
- ハーネスエンジニアリング — ループの前提となる実行環境レイヤー
- グラフエンジニアリング — 1つのループで足りなくなった先の拡張
- AIエージェント設計の5レイヤー — ループが第4層として位置づく全体地図
- マルチエージェント協調パターン — フリートループの協調設計
- 自律システム設計 — 無人運用の失敗モード
- サーキットブレーカーと指数バックオフ — 停止条件と外部境界の保護
- 自己改善エージェント — ループ自体を改善する外側のループ
- Claude Code —
/loop/goal/scheduleの提供元
ソース記事
- 2026年AI必須スキル「ループエンジニアリング」とは — 2026-06-16(6コアモジュールと3つの罠の正典)
- プロンプトからループへ — 2026-06-24(Boris Cherny / Peter Steinberger の発言を軸にした概観)
- ループエンジニアリング14ステップ — 4条件テストと失敗パターン — 2026-06-24(判断基準・撤退ライン・セキュリティ)
- Claude Code チーム公式ガイド「ループ設計」を読み解く — 2026-07-01
- 「Claude Fable 5 で LP を15分生成」を分解する — 改善ループを合格条件に落とす設計 — 2026-08-03(機械ゲート/人間ゲートの分離と SKILL.md への書き戻し)