サステナビリティ基準委員会(SSBJ)が公表した日本版サステナビリティ開示基準は、2027 年 3 月期から一部のプライム上場企業に適用が義務づけられる。基準そのものは PDF で数百ページあり、しかも「一般開示基準」と「気候関連開示基準」でほぼ同じ文言が繰り返される構造になっている。
そこで SSBJ が用意したのが ASSET-SSBJ(サステナビリティ開示基準検索システム)だ。2026 年 3 月 17 日に運用を開始した Web システムで、基準を「基準ごと」にも「コンテンツごと」にも横断して読める。この記事では、ASSET-SSBJ の構造を入口に SSBJ 基準そのものの全体像を整理する。
- SSBJ: https://www.ssb-j.jp/jp/
- ASSET-SSBJ: https://www.ssb-j.jp/jp/ssbj_standards_system.html
SSBJ基準は4本 — 適用基準・一般開示基準・気候関連開示基準・実務対応基準第1号
まず基準の本数を押さえておく。ASSET-SSBJ の「基準別表示」に並んでいるのは次の 4 本だ。
| 区分 | 名称 | 通称 | 内容 |
|---|---|---|---|
| ユニバーサル基準 | サステナビリティ開示基準の適用 | 適用基準 | 全基準に共通する土台。報告企業、関連する財務諸表、法令との関係、商業上の機密情報、質的特性、集約及び分解、情報の記載場所、報告のタイミング、比較情報、準拠表明、判断、測定の不確実性、誤謬 など。何を書くかではなく、どう報告するかを定める |
| テーマ別基準 第 1 号 | 一般開示基準 | 一般基準 | コア・コンテンツ 4 分類(ガバナンス/戦略/リスク管理/指標及び目標)の一般版(第 8 項〜第 39 項)。気候基準など他のテーマ別基準を適用する場合も、この基準に従う必要がある(BC16) |
| テーマ別基準 第 2 号 | 気候関連開示基準 | 気候基準 | 同じ 4 分類の気候特化版(第 9 項〜第 99 項)。スコープ 1/2/3 の測定と開示が分量の中心。別紙 A(シナリオ分析)・別紙 B(スコープ 3 測定フレームワーク)・別紙 C(ファイナンスド・エミッション)が付く |
| 実務対応基準 第 1 号 | 温対法 SHK 制度に基づく排出量を用いる場合の開示(正式名称は下記本文) | 実務対応基準第 1 号 | 温対法 SHK 制度の定める方法で測定・報告した排出量を使って「気候基準」に従う場合の開示方法を明確化。スコープ 1・2 についての設例が付く |
前の 3 本が 2025 年 3 月に公表された本体で、適用基準(どう適用するか)→ 一般基準(サステナビリティ全般の開示内容)→ 気候基準(気候に特化した開示内容)という階層になっている。
4 本目は 2026 年 6 月 11 日公表の追加基準で、正式名称は「温対法における SHK 制度の定める方法により測定し報告する温室効果ガス排出を用いて『気候基準』の定めに従う場合の開示」である。温対法(地球温暖化対策の推進に関する法律、平成 10 年法律第 117 号)には「温室効果ガス排出量の算定・報告・公表制度」(SHK 制度)がある。この制度で測定・報告した排出量をそのまま使って「気候基準」に従った開示を行えるのか、実務上の解釈が分かれていた。実務対応基準第 1 号はこれを明確化したものだ。公開草案は 2026 年 1 月 22 日、第 70 回 SSBJ(2026 年 6 月 8 日)で公表が決議された。
なお本体 3 基準は 2026 年 3 月 13 日に「温室効果ガス排出の開示に対する改正」として改正版が公表されている。これは ISSB が 2025 年 12 月に公表した「温室効果ガス排出の開示に対する修正—IFRS S2 号に対する修正」を受けたものだ。SSBJ 基準を ISSB 基準と機能的に整合した状態に保つための対応である。基準を読むときは改正前の PDF を掴んでいないか必ず確認する必要がある。
ASSET-SSBJ の 2 つの読み方
ASSET-SSBJ が便利なのは、同じ基準本文に対して 2 つの入口を用意しているところだ。
- 基準別表示 — 上記 4 本の基準を、それぞれ目次ツリーから読む(
details.html?topics_id=...) - コンテンツ別表示(横断表示) — TCFD 由来の 4 つのコア・コンテンツごとに、複数の基準の該当条文を縦に並べて読む(
horizontal.html?horizontal=...)
コンテンツ別表示は 5 つの入口を持つ。ただし URL の形が 1 つだけ違う点に注意したい。「基本となる事項」は横断表示(horizontal.html)ではなく、基準本文と同じ details.html 側に置かれている。
| 入口 | 画面 | URL |
|---|---|---|
| 基本となる事項 | 詳細表示 | .../ssbj_standards_system/details.html?topics_id=11 |
| ガバナンス | 横断表示 | .../ssbj_standards_system/horizontal.html?horizontal=01 |
| 戦略 | 横断表示 | .../ssbj_standards_system/horizontal.html?horizontal=02 |
| リスク管理 | 横断表示 | .../ssbj_standards_system/horizontal.html?horizontal=03 |
| 指標及び目標 | 横断表示 | .../ssbj_standards_system/horizontal.html?horizontal=04 |
ベース URL は https://www.ssb-j.jp/jp である。この横断表示が何を並べているのかを図にしたのが次のマトリクスだ。
コンテンツ別表示の各エントリには、元の基準条文へのリンク(details.html?topics_id=7#heading-id-42 のようなアンカー付き URL)が貼られている。横断表示で該当箇所を見つけて、そこから基準本体の文脈へ飛ぶという読み方ができる。キーワード検索(search.html?keyword=...)と印刷機能も用意されている。
操作方法は公式の PDF にまとまっている。
利用にあたっての留意事項として「法令に従って適正な範囲で」「複製・引用の際は内容を改変しない」ことが明示されている点も押さえておきたい。
一般基準と気候基準は「同一文言の置き換え」で対応している
横断表示を開いてまず気づくのが、一般基準と気候基準の条文がほとんど同じことだ。これは偶然ではなく、意図された設計である。気候基準の「結論の背景」BC38 にこう書かれている。
サステナビリティ開示基準の構造上、本基準のガバナンスに関する定めは、「一般基準」の定めと整合している。「一般基準」による開示と整合的な開示が作成されることを意図して、第 9 項から第 11 項の定めについては、「一般基準」における「サステナビリティ関連のリスク及び機会」という用語を「気候関連のリスク及び機会」に置き換えたうえで、省略することなく全文を示している。
リスク管理についても BC103 で同じ説明がされている。つまり気候基準は一般基準の「気候特化コピー」であり、その分だけ全文の分量が膨らんでいる。
その裏返しとして、両基準は 「不必要な繰り返しの回避」 を要求している(気候基準第 12 項・第 42 項、適用基準第 31 項(2))。サステナビリティ関連のリスク及び機会の監督が統合的に管理されている場合は、リスクごとに個別開示しない。統合されたガバナンスの開示を 1 つ提供することで繰り返しを避ける。
実際に読むと、「一般基準の要求 → 気候基準で同じ文言 → だが開示は統合して 1 回」という三段構えを頭に入れておかないと、開示のボリュームを過大に見積もることになる。
TCFD 提言との差分が「結論の背景」に書かれている
もう 1 つ横断表示が有用なのは、コア・コンテンツと並んで「結論の背景(BC)」も表示されるところだ。ここに TCFD 提言や IFRS S1/S2 号との差分が書かれている。
たとえば一般基準のガバナンスに関する BC30 では次のように述べられている。
ガバナンスの開示に関する本基準の定めは、そのほとんどが TCFD 提言を基礎としているが、IFRS S1 号と同様に、主要な利用者のニーズを満たすため TCFD 提言を補足する定めを追加している。
さらに同じ一般基準の BC31 では、IFRS S1 号では明示的に要求されていないが SSBJ 基準では開示を必須とした項目が列挙されている。
- サステナビリティ関連のリスク及び機会の監督に責任を負うガバナンス機関の名称又は当該責任を負う個人の役職名(第 9 項(1))
- ガバナンスのプロセス、統制及び手続における経営者の役割が委任されている場合の、経営者等の役職名又は委員会その他の機関の名称(第 10 項(1)①ア)
「機関の名称」や「役職名」まで開示が必須になっているのは、既存の TCFD ベースの開示から移行するときに見落としやすいポイントだ。一般基準のリスク管理に関する BC57 も同じ構図だ。TCFD 提言はリスクに関連したプロセスのみに焦点を当てているが、SSBJ 基準は機会も含めている。「リスク及び機会は同じ不確実性の源泉からもたらされる又はそれに関連している可能性がある」という考え方によるものだ。
ISSB 基準との対応関係は SSBJ が比較表を公開している。
- SSBJ 基準と ISSB 基準の比較(2026 年 3 月 31 日): https://www.ssb-j.jp/jp/wp-content/uploads/sites/6/ssbj_20260331_01.pdf
- SSBJ 基準と ISSB 基準の項番対照表(2026 年 3 月 31 日): https://www.ssb-j.jp/jp/wp-content/uploads/sites/6/ssbj_20260331_02.pdf
「基本となる事項」に横断的なルールが集まっている
先に URL 表で触れたとおり、コンテンツ別表示には 4 つのコア・コンテンツとは別に「基本となる事項」という入口がある。
ここで押さえておきたいのは、この入口の中身は実質的に 適用基準 そのものだということだ。基準別表示で 適用基準(topics_id=9)を開くと第 1 レベルは 25 項目あるが、そこから「目的」「範囲」「用語の定義」「適用時期等」「議決」という枠組み部分を除いた 20 項目が、そのまま「基本となる事項」(topics_id=11)になっている。つまり横断表示のような複数基準のマージではなく、適用基準から定型部分を落とした実質ルールだけのビューである。
一方 一般基準 の第 1 レベルは「目的」「開示基準」「結論の背景」だけで、開示基準の中身は「コア・コンテンツの開示」に絞られている。報告のタイミングや比較情報といった横断ルールは一般基準側には無い。「どう報告するか」は適用基準、「何を書くか」はテーマ別基準という役割分担になっている。
「基本となる事項」の第 1 レベルは次の 18 項目だ。
- 報告企業
- 関連する財務諸表
- 数値の表示に用いる単位
- 法令との関係
- 商業上の機密情報
- 有用なサステナビリティ関連財務情報の質的特性
- 適正な表示
- 集約及び分解
- つながりのある情報
- 合理的で裏付け可能な情報
- サステナビリティ関連のリスク及び機会に関する情報の開示
- 情報の記載場所
- 報告のタイミング
- 比較情報
- 準拠表明
- 判断
- 測定の不確実性
- 誤謬
これに「別紙 A:有用なサステナビリティ関連財務情報の質的特性」と「結論の背景」が付属物として続く。
開示システムを構築する側から見ると、上で太字にした「情報の記載場所」「報告のタイミング」「比較情報」に加えて「集約及び分解」が実装に直結する。
- 情報の記載場所 — 関連する財務諸表との関係、他の情報との関係、相互参照の 3 つの節がある。有価証券報告書のどこに何を書き、どこから相互参照するかがここで決まる
- 報告のタイミング — 同時の報告、報告期間、12 か月よりも長い期間又は短い期間、公表承認日、後発事象。財務諸表と同時報告が原則なので、サステナビリティ情報の集計スケジュールを決算スケジュールに合わせ込む必要がある
- 比較情報 — 比較情報の開示と更新。前報告期間との比較を出すため、初年度から比較可能な粒度でデータを保持しておかないと後で作り直しになる
- 集約及び分解 — どの粒度で集計して出し、どこまで分解して見せるか。連結子会社単位か事業セグメント単位か、といった設計判断がここに紐づく
特に 報告のタイミングと比較情報は、データ収集の仕組みを作る前に読んでおくべき項目だ。スコープ 3 のように連結範囲外まで含めた集計が必要なものを、財務諸表と同じ締めで、かつ前期比較付きで出せる体制になっているかという問いになる。
開示分量の山は「指標及び目標」 — スコープ3と別紙B・別紙Cが工数の中心
先に示したマトリクス図のとおり、コア・コンテンツ 4 つの分量はまったく均等ではない。気候基準の項番で見ると圧倒的に「指標及び目標」に寄っている。
| コア・コンテンツ | 一般基準 | 気候基準 |
|---|---|---|
| ガバナンス | 第 8 項〜第 10 項 | 第 9 項〜第 12 項 |
| 戦略 | 第 11 項〜第 27 項 | 第 13 項〜第 39 項(+別紙 A) |
| リスク管理 | 第 28 項〜第 29 項 | 第 40 項〜第 42 項 |
| 指標及び目標 | 第 30 項〜第 39 項 | 第 43 項〜第 99 項(+別紙 B・別紙 C) |
気候基準の「指標及び目標」には次のような節が並ぶ。
- 産業横断的指標等の開示
- 温室効果ガス排出の絶対総量の開示(測定、測定方法ごとの開示、スコープ 1/2、スコープ 3、スコープ 3 カテゴリー 15(投資))
- ファイナンスド・エミッションに関する追加的な情報の開示
- 温室効果ガス排出の測定アプローチ/測定方法に関する開示
- CO2 相当の温室効果ガスの集約(直接測定の方法による場合/見積りの方法による場合)
- スコープ 3 温室効果ガス排出の測定、範囲の再評価
- 気候関連の移行リスク、物理的リスク及び機会に関する開示
- 資本投下に関する開示
- 内部炭素価格に関する開示
- 報酬に関する開示
- 産業別の指標の開示
- 気候関連の目標(目標の特定、温室効果ガス排出目標)
さらに別紙が 2 本つく。
- 別紙 B:スコープ 3 測定フレームワーク — 直接測定に基づくデータ、1 次データ、バリュー・チェーンにおける活動及び排出が行われた法域を忠実に表現する適時のデータ、検証されたデータ
- 別紙 C:ファイナンスド・エミッションに関する追加的な情報の開示 — 資産運用、商業銀行、保険
金融機関はここが厚い。逆に言えば、ガバナンスとリスク管理は既存の TCFD 開示からの延長で書ける部分が多く、工数の山は指標及び目標のデータ整備にあるという読みになる。
温対法 SHK 制度の数字はそのまま使えるのか — 実務対応基準第 1 号の中身
ここで多くの日本企業が引っかかるのが、すでに温対法で国に報告している排出量をそのまま流用できるのかという問題だ。4 本目の実務対応基準第 1 号が扱っているのは、まさにこの論点である。
SHK 制度とは
SHK は Santei(算定)・Hokoku(報告)・Kohyo(公表)の頭文字で、正式名称は「温室効果ガス排出量算定・報告・公表制度」。温対法第 26 条に基づく制度で、流れは 3 段階になっている。
- 算定 — 特定排出者が前年度の排出量を算定する
- 報告 — 事業所管大臣に報告(毎年度 7 月末日まで)→ 大臣が環境大臣・経済産業大臣に通知
- 公表 — 環境大臣・経済産業大臣が排出量と関連情報を公表する
対象ガスは CO2・CH4・N2O・HFC・PFC・SF6・NF3 の 7 種類。対象事業者は、エネルギー起源 CO2 についてはエネルギー使用量が年間原油換算 1,500 kL 以上、その他のガスについては年間 3,000 t-CO2 以上が目安で、2021 年度は特定事業所排出者 11,963 者・特定輸送排出者 1,321 者が報告している。報告義務違反や虚偽報告には罰則がある。
算定は 2 本立てで、基礎排出量(直接・間接の実排出)と調整後排出量(クレジットの無効化量等を反映し、電気は調整後排出係数を使用)の両方を報告する。
GHG プロトコルとは設計が違う
問題は、気候基準がスコープ 1・2・3 の測定に「GHG プロトコル(2004 年)」を用いることを原則としている点だ。環境省の資料は SHK 制度と GHG プロトコルの Scope 1・2 の関係を共通点 5 点と相違点 3 種類に整理している。
- 相違点 1 — 双方が算定対象だが算定方法が異なる(報告単位、電力証書・熱証書の使い方、環境価値を失った非化石電気の係数、カーボン・クレジットの扱い、廃棄物の原燃料利用)
- 相違点 2 — SHK 制度では算定対象だが、GHG プロトコルの Scope 1・2 では算定対象としていない排出量
- 相違点 3 — SHK 制度では算定対象外だが、GHG プロトコルの Scope 1・2 では算定対象としている排出量
特に効くのが相違点 2 の冒頭 2 つである。
| 区分 | SHK 制度 | GHG プロトコル |
|---|---|---|
| 地理的範囲 | 国内に限定 | 限定なし |
| 算定・報告単位(組織境界) | 事業者(法人)単位 | 企業グループ単位(組織境界・連結方法の明示が必要) |
| 算定対象活動 | 政省令で詳細に規定し、記載のない活動は算定不要 | 原則すべての活動を対象とし、除外したら内容と理由を示す |
| カーボン・クレジット | 調整後排出量の算定で控除に使用可能 | 物理的な排出量からは控除できず、別個に報告 |
つまり SHK 制度の数字をそのまま持ってくると、海外子会社が落ち、組織境界がずれ、クレジットの効き方も変わる。列挙主義と包括主義という真逆の設計なので、素朴な流用はできない。
実務対応基準第 1 号が決めたこと
気候基準第 49 項には、GHG プロトコル(2004 年)とは異なる方法を用いる場合のただし書きがある。この取扱いを選択して SHK 制度の数字を使う場合の開示について、SSBJ には次の 3 点で見解が分かれているとの情報が寄せられた(BC3)。
- 基礎排出量と調整後排出量のどちらを基礎とするのか
- 環境大臣・経済産業大臣が公表する平均的な排出係数を用いたものが、第 49 項ただし書きの「異なる方法を用いることを要求している場合」に該当するか
- マーケット基準のスコープ 2 に含めて開示する場合、ロケーション基準でも同じ活動量で算定・開示する必要があるか
実務対応基準第 1 号の結論(第 7 項〜第 10 項)はこうなっている。
- スコープ 1 — SHK 制度に基づく直接排出を、期間調整を除く追加の調整をせずにスコープ 1 に含めて開示する
- スコープ 2(マーケット基準) — SHK 制度に基づく間接排出を、同様に追加調整せずマーケット基準のスコープ 2 に含めて開示する
- スコープ 2(ロケーション基準) — SHK 制度に基づく間接排出の活動量に、環境大臣・経済産業大臣が公表する平均的な排出係数を乗じて算定した量を、追加調整せずロケーション基準のスコープ 2 に含めて開示する
- スコープ 1・2 のいずれに適用しているかを開示しなければならない(第 8 項、気候基準第 62 項の開示の中で)
- SHK 制度の算定期間と報告期間が異なる場合は期間調整を行う(第 9 項)
そして「基礎排出量と調整後排出量のどちらか」という論点は、基礎排出量を基礎として用いると決着した。理由は BC19〜BC21 に書かれている。
- 基礎排出量は SHK 制度の 2024 年度改正で直接排出・間接排出の内訳報告が要求されるようになり、スコープ 1 とスコープ 2 を区分して開示できる。調整後排出量にはこの内訳報告がない
- 調整後排出量には GHG プロトコル(2004 年)のスコープ 2 測定では考慮されないオフセット項目が含まれ、さらに 2025 年度改正で森林吸収量等の炭素蓄積変化量も任意で使えるようになり、オフセット項目が拡大した
- したがって基礎排出量のほうが GHG プロトコル(2004 年)との親和性が高く、比較可能性の観点から望ましい
なお調整後排出量と調整項目は、基礎排出量の開示とあわせて任意の参考情報として開示できるとされている(BC22)。
適用時期は 2027 年 3 月 31 日以後終了する年次報告期間に係る気候関連開示から。それより前の期間への早期適用も可能で、その場合はその旨を開示する(第 11 項)。
SSBJ基準の適用時期 — 2027年3月期・時価総額3兆円以上から義務化
適用時期は基準側ではなく金融庁の開示制度側で決まる。2026 年 2 月 20 日に「企業内容等の開示に関する内閣府令」等の改正が公表され、2025 年 7 月の「金融審議会 サステナビリティ情報の開示と保証のあり方に関するワーキング・グループ 中間論点整理」に沿って、東証プライム市場上場会社に対する段階適用が定まった。
| 平均時価総額 | 適用開始 | 制度上の status | 社数 | 時価総額カバレッジ |
|---|---|---|---|---|
| 3 兆円以上 | 2027 年 3 月 31 日以後に終了する事業年度の有価証券報告書等から | 改正府令で確定 | 68 社 | 54.1% |
| 3 兆円未満 1 兆円以上 | 2028 年 3 月 31 日以後に終了する事業年度の有価証券報告書等から | 改正府令で確定 | 103 社 | (累計 72.5%) |
| 1 兆円未満 5,000 億円以上 | 2029 年 3 月期を基本とする方針 | 改正府令には未織り込み | 113 社 | (累計 80.8%) |
| 5,000 億円未満 | 今後検討 | 未定 | — | — |
社数とカバレッジは金融庁 WG の「サステナビリティ開示基準の適用及び保証制度の導入に向けたロードマップ」に付された数値で、Bloomberg Finance L.P. 及び JPX 公表統計の 2025 年 3 月末時点の情報から作成されたものだ(原資料は累計で 3 兆円以上 68 社・1 兆円以上 171 社・5,000 億円以上 284 社。上表の下 2 段は差分に組み替えている)。プライム市場上場会社は約 1,550〜1,570 社なので、284 社=全体の約 2 割で時価総額の約 8 割をカバーするという設計になっている。
平均時価総額は 2026 年 3 月 31 日を基準として算定した 5 事業年度末の平均値で判定する。上場後 5 年未満の企業は上場日を含む事業年度の期末日から算定する。過去 5 事業年度末に上場していた市場はプライム市場に限られない(時価総額が算定できれば足りる)が、適用開始期の末日時点ではプライム市場に上場している必要がある。
注意点が 3 つある。
- 上の社数は確定した対象企業数ではない。 判定に使うのは 2026 年 3 月 31 日基準の 5 年平均時価総額だが、公表されている社数は 2025 年 3 月末時点のスポット時価総額ベースの試算である。金融庁は社数とカバレッジのみを示しており、企業名のリストは公表していない
- 1 兆円未満 5,000 億円以上の区分は「方針は 2029 年 3 月期、制度は未確定」という中間状態にある。 中間論点整理で 2029 年 3 月期からの適用開始が基本とされ、2025 年 10 月の WG でも「2029 年 3 月期から」と結論づけられたが、2026 年 2 月の改正開示府令はパブリックコメント時点で時期が確定していた 1 兆円以上のみを対象としており、この区分はまだ織り込まれていない
- 保証(アシュアランス)は今回の改正に織り込まれていない。 中間論点整理では適用義務化の翌年から限定的保証を義務づけ、当初 2 年間の保証範囲はスコープ 1・2 とガバナンス及びリスク管理とする方向が示されているが、制度としては別途整備される
SSBJ 基準の対象外でも影響を受ける改正
同じ 2026 年 2 月 20 日の改正では、人的資本(従業員の状況等)の開示事項も拡充されている。SSBJ 基準の段階適用とは別枠の改正なので、時価総額の区分で SSBJ 基準の対象外となる企業も、こちらは確認が必要だ。適用範囲の詳細は改正府令本体を参照してほしい。
まとめ
- SSBJ 基準は
適用基準+一般基準+気候基準の 3 本に、2026 年 6 月公表の実務対応基準第 1 号(温対法 SHK 制度との関係)を加えた 4 本構成 - 本体 3 基準は 2026 年 3 月 13 日に ISSB の IFRS S2 号修正を受けた改正版が出ている。古い PDF を読んでいないか確認する
- ASSET-SSBJ の「コンテンツ別表示」を使えば、ガバナンス/戦略/リスク管理/指標及び目標ごとに一般基準と気候基準の条文を並べて読める。「結論の背景」も同時に表示されるので、TCFD 提言や IFRS S1/S2 号との差分がその場で追える
- 気候基準は一般基準の文言を「気候関連」に置き換えた全文コピーだが、開示側は「不必要な繰り返しの回避」で統合して 1 回書く
- 分量の山は「指標及び目標」。スコープ 3 と別紙 B・別紙 C が実装工数の中心になる
- 温対法 SHK 制度の数字は素朴には流用できない(国内限定・事業者単位・列挙主義)。実務対応基準第 1 号は 基礎排出量を基礎とし、追加調整せずスコープ 1/2 に含める形で決着させた
- データ収集の設計に入る前に「基本となる事項」の報告のタイミングと比較情報を読む
- 義務化は 2027 年 3 月期・5 年平均時価総額 3 兆円以上(68 社・時価総額カバレッジ 54.1%)から。1 兆円以上まで広げて 171 社・72.5%、5,000 億円以上で 284 社・80.8%
- 5,000 億円以上の区分は 2029 年 3 月期が基本方針だが改正府令には未織り込み。保証も別途整備
