「風景写真」と聞くと、多くの人は雄大な山並みや夕焼けの海、満天の星空を思い浮かべるはずです。ところが 1970 年代のアメリカで、その正反対を撮った写真家たちがいました。建売住宅の並ぶ郊外、無機質な工業団地、道路沿いのモーテル。誰も「絶景」とは呼ばない場所を、感情を込めずに淡々と記録した写真です。
この潮流を ニュー・トポグラフィックス(New Topographics) と呼びます(「ニュー・トポグラフィクス」とも表記されます)。この記事では、その起点となった 1975 年の展覧会、参加した写真家、何が新しかったのか、日本への影響、そして現代の写真家がこの考え方をどう取り入れているかと、自分で撮るときのヒントまでを整理します。
ニュー・トポグラフィックスとは
ニュー・トポグラフィックスは、もともと 1975 年にニューヨーク州ロチェスターのジョージ・イーストマン・ハウス国際写真美術館で開催された写真展 の名前です。「トポグラフィックス」は「地勢学」「地形図」を意味します。
展覧会の正式タイトルは「New Topographics: Photographs of a Man-Altered Landscape」。サブタイトルの「人間によって変えられた風景の写真」が、この展覧会の主題をそのまま言い表しています。企画したのは同館のキュレーター、ウィリアム・ジェンキンス(William Jenkins) でした。
かつて風景写真のモチーフだった「自然」が、宅地開発や産業によって変貌していく。その様子を、賛美も告発もせず ニュートラルな視点で記録する のがこの展覧会に共通する態度でした。
参加した9組10名の写真家
参加したのは次の 9 組 10 名です(ベッヒャー夫妻を 1 組と数えます)。
| 写真家 | 主な被写体の例 |
|---|---|
| ロバート・アダムス(Robert Adams) | コロラド州の郊外に広がる建売住宅 |
| ルイス・ボルツ(Lewis Baltz) | 南カリフォルニアの新しい工業団地 |
| ベルント&ヒラ・ベッヒャー(Bernd and Hilla Becher) | 給水塔・溶鉱炉などの産業建築 |
| ジョー・ディール(Joe Deal) | 開発中の住宅地 |
| フランク・ゴールケ(Frank Gohlke) | 穀物倉庫のある中西部の風景 |
| ニコラス・ニクソン(Nicholas Nixon) | ボストン中心部の建物 |
| ジョン・ショット(John Schott) | ルート 66 沿いのモーテル |
| スティーブン・ショア(Stephen Shore) | アメリカ各地の路上・街並み |
| ヘンリー・ウェッセル・ジュニア(Henry Wessel, Jr.) | アメリカ西部の日常的な風景 |
中でもロバート・アダムスとルイス・ボルツは、ニュー・トポグラフィックスらしさが特に強い作家です。この運動の「感覚」をつかみたいなら、まずこの二人の作品を見るのが近道です。
何が新しかったのか
「美しさ・感情・意見」を排した記録
ジェンキンスは出品作の様式を「ニュートラル」と表現しました。写真は「本質的に地勢的な状態にまで切り詰められ、大量の視覚情報を伝えながらも、美・感情・意見といった側面を完全に避けている」というのです(Wikipedia: New Topographics (exhibition) より)。
それ以前の風景写真が「この景色は美しい」「この自然を守るべきだ」と語りかけてくるものだったとすれば、ニュー・トポグラフィックスの写真は 何も語りかけてきません。感動のありかを明示しないまま、人の営みが刻まれた風景をただ差し出します。見る側は、そこに何を読み取るかを自分で考えることになります。
大型カメラによる精密な描写
出品作には大型カメラ(4×5 インチ以上の大きなシートフィルムを使うカメラ)で撮られたものが多く含まれていました。大判ネガがもたらす細部までの精密な描写は、「情報を伝える」というこの展覧会の性格とよく噛み合っています。
先行する流れと同時代の潮流
この眼差しは突然生まれたわけではありません。源流とされるのが、1966 年に同じジョージ・イーストマン・ハウスで「コンテンポラリー・フォトグラファーズ」シリーズとして開かれた 「社会的風景に向って(Toward a Social Landscape)」 展です。ニュー・トポグラフィックスは、この展覧会が持っていた社会や日常に向ける視線を、さらに推し進めたものと位置づけられています。
また同時期に登場した ニューカラー(カラー写真で日常の風景を撮り、芸術として認めさせた潮流)とも、ありふれた風景を主題にする点で共通していました。出品作の多くがモノクロだった中で、スティーブン・ショアはカラーで出品しており、ニューカラーを代表する写真家の一人でもあります。ニューカラーについては ニューカラー — 1970年代アメリカでカラー写真が「芸術」になった瞬間 で詳しく整理しています。
年表で見るニュー・トポグラフィックス
1975 年の展覧会は、その後も繰り返し参照されてきました。1981 年にはイギリスのアーノルフィニ・ギャラリーで再展示されています。2009 年からはアメリカを皮切りに、オーストリア、ドイツ、フランス、オランダ、スペインを 2012 年まで巡回する再展示が行われ、2010 年には Steidl から図録『New Topographics』も刊行されました。
日本への影響
日本でも影響は大きく、影響を受けた写真家として 伊奈英次、小林のりお、柴田敏雄、畠山直哉 らの名前が挙げられます。
現代の写真家はこの「ルール」をどう使うか
ニュー・トポグラフィックスは過去の美術史の一項目にとどまりません。現役の写真家が、作品づくりの指針として意識的に取り入れている例があります。歴史写真家・広告写真家の小林幹幸さんが note に書いた記事「作品の考え方 ニュートポグラフィックスって知ってる?」(記事中では「ニュートポグラフィックス」と表記)は、その実践がよくわかる文章です。
撮影にルールはないが、写真にはルールがある
小林さんは「写真にルールはない」という言葉に対して、「撮影にルールはないが、写真にはルールは存在する」と書いています。野球にルールがあるから競技として楽しめるように、写真にもさまざまな「競技」とそのルールがあり、ニュー・トポグラフィックスもその一つだ、という考え方です。
興味深いのは、ルールを自分に課す理由です。小林さんは、ニュー・トポグラフィックスというルールを課すことで かえって感覚的になれるようにしている と述べています。制約が表現の自由を奪うのではなく、迷いを減らして集中を生む、という発想です。
作品「アイデンティティーズ、コバヤシを巡る旅」
その実践例が、2019 年 4 月からリコーイメージングスクエア新宿で開催された写真展「アイデンティティーズ、コバヤシを巡る旅」です。日本全国にある「小林」と名のつく地名やゆかりの場所を、3 年間かけて追いかけた作品だといいます。
- 機材と手法 — ペンタックス 6×7(中判フィルムカメラ)にネガカラーを使い、パンフォーカス(手前から奥までピントが合った状態)で撮影
- 被写体 — 閉鎖したコンビニ、交差点、寺の門、小さな林と社など、普通なら目を向けない「人の営みの跡」が残る場所
- 撮り方 — 人の跡があるのに人はなるべく写さない。車通りの多い交差点は、人がまだ眠っている明け方に撮って「静寂」を写し込む
たとえば長野県の柏原(小林一茶の故郷)では、小林さんは街道の上に立つ高速道路に時代の変化を見ています。また撮影中は「スティーブン・ショアならここに大きな電球があるはず」と考えながらシャッターを切っていたそうです。先人の作品が、構図を考えるための具体的な物差しになっていることがわかります。
SNS の「映えスポット」への対抗軸として
小林さんがこの作品を作った背景には、SNS で「インスタ映え」する場所に人が殺到し、問題になっていた状況がありました。
一面の雪景色、青い池、富士山。そうした「誰もがいいと思う写真」は SNS を開けばいくらでも見られるので、自分で撮る必要はありません。自分にしか撮れないのは自分のアイデンティティーに根ざした風景だ、というのが小林さんの主張です。誰もが同じ絶景を目指す時代に、ニュー・トポグラフィックスの「誰も目を向けない場所を淡々と撮る」態度は、むしろ新しい意味を持ち始めているのかもしれません。
ニュー・トポグラフィックス的に撮ってみるためのヒント
最後に、ここまでの内容から「この考え方で撮ってみたい」人向けの手がかりをまとめます。
- まず写真集を見る — ロバート・アダムス、ルイス・ボルツ、スティーブン・ショアの作品や、1975 年展の図録で、感情を抑えた距離感をつかみます。
- 身近な人工の風景を被写体にする — 郊外の住宅地、駐車場、工場、閉店した店舗、道路の高架下などを選びます。
- 感情を込めない構図にする — 劇的なアングルや光を避け、正面から水平・垂直を意識して撮ります。
- 画面全体にピントを合わせる — パンフォーカスで細部まで情報を残します。
- テーマを決めてシリーズにする — 小林さんの「小林という地名」のように、1 枚の傑作ではなく、一貫したルールで撮り溜めた集積として見せます。
まとめ
- ニュー・トポグラフィックスは、1975 年にジョージ・イーストマン・ハウスで開かれた「人間によって変えられた風景の写真」展と、そこから広がった風景写真の考え方です。
- 企画はウィリアム・ジェンキンス。ロバート・アダムス、ルイス・ボルツ、ベッヒャー夫妻、スティーブン・ショアら 9 組 10 名が参加しました。
- 自然を讃えるのではなく、人の営みで変わった風景を 中立的に淡々と記録する 態度が新しく、日本の写真家にも大きな影響を与えました。
- 現代でも、この考え方を「自分に課すルール」として作品づくりに使う写真家がいます。SNS の映えスポットとは逆を向く撮り方として、改めて注目に値します。
