概要
microsoft/AI-For-Beginners は、Microsoft(主執筆者 Dmitry Soshnikov 氏)が 2021 年から MIT ライセンスで公開している AI 入門カリキュラム。「12 Weeks, 24 Lessons, AI for All!」を掲げ、知識表現 → ニューラルネットワーク → CV / NLP → Transformer → LLM と、歴史と構造の順に積み上げる。日本語版は README だけでなく各レッスン本文と Jupyter Notebook まで translations/ja/ に揃っている。
生成 AI から入った人が、LLM の「手前」を下から積み直す教材として価値がある。LLM の章そのものは古い。
詳細
構成
| パート | レッスン | 主な内容 |
|---|---|---|
| I. AI 入門 | 01 | AI の定義と歴史、2 つのアプローチ |
| II. シンボリック AI | 02 | 知識表現、エキスパートシステム、オントロジー |
| III. ニューラルネットワーク | 03〜05 | パーセプトロン、多層パーセプトロンの自作、PyTorch / TensorFlow と過学習 |
| IV. コンピュータビジョン | 06〜12 | OpenCV、CNN、転移学習、VAE、GAN、物体検出、セグメンテーション |
| V. 自然言語処理 | 13〜20 | BoW / TF-IDF、Word2Vec、RNN、Transformer と BERT、固有表現抽出、LLM |
| VI. その他 | 21〜23 | 遺伝的アルゴリズム、深層強化学習、マルチエージェント |
| VII. AI 倫理 | 24 | 責任ある AI |
前後に環境構築のレッスン 0 とマルチモーダル(CLIP / VQGAN)のレッスン 25 が付く。各レッスンに講義前後のクイズ、PyTorch 版と TensorFlow 版の Notebook、一部にラボがあり、Notebook を動かす前提の教材である。古典的な機械学習(回帰・決定木)は姉妹カリキュラム ML-For-Beginners の担当で扱わない。
レッスン 01 の地図
- AI の対象は「人間は経験からできるが、手順を書き出せない問題」(写真から年齢を当てる、など)
- 知能を載せる方法は、推論をまねるトップダウン(記号的 AI)と、脳の構造をまねるボトムアップ(ニューラルネットワーク)の 2 本柱。ほかに創発的・マルチエージェント的アプローチと進化的アプローチ
- チューリングテストは知能を定義する代わりに「人間と区別できるか」という判定方法を与えた。2014 年の Eugene Goostman について教材は「ボットではなく作者が人間を欺いた」と釘を刺す。2025 年にはペルソナを与えた GPT-4.5 が 3 者間テストで 73% の確率で人間と判定された。区別できないことと理解していることは別
- チェスは「探索(アルファベータ枝刈り)→ 事例ベース推論 → ニューラルネットワーク+強化学習」、対話は「ELIZA → ハイブリッド型アシスタント → ニューラルネットワークだけの対話」と主役が移った。後者は教材の予想どおり LLM で実現した
割り切って読むべきところ
- LLM の章は GPT-2 / GPT-3 の時代で止まっている — RLHF・指示チューニング・RAG・エージェントは扱わない。GPT ファミリーの表の「GPT-4 は 100 兆パラメータ」は英語原文ごと誤り(公開前の噂の値)
- 日本語版は Co-op Translator による機械翻訳 — レッスン 01 の「話すプログラム」の節は本文が途中で欠落している。数式や用語で引っかかったら英語原文と突き合わせる
- レッスン 01 の史実の圧縮 — AI の冬は一般に 2 回(1970 年代と 1980 年代末)。2015 年に画像分類で人間の推定精度を初めて上回った論文は ResNet ではなく PReLU の Delving Deep into Rectifiers
- Notebook は 2021〜2022 年のライブラリのまま — 今の環境では動かないセルがある(MNIST データ形式の差し替え、NumPy 2、Matplotlib、Keras 3。詳細はニューラルネットワークの基礎)
- レッスン 02 の Microsoft Concept Graph の演習は API 停止で動かない。日本語版ディレクトリには
data/が無く FamilyOntology は失敗する
パート IV〜VII の要点(シリーズ解説より)
- IV. コンピュータビジョン(06〜12) — 画像は NumPy 配列(OpenCV のカラーは BGR 順)。CNN は小さなフィルターを画像全体に当て、パーセプトロンの「位置がずれると誤分類する」弱点を克服する。畳み込み+プーリングのピラミッド型が基本。学習済み CNN を特徴抽出器として借りる転移学習なら猫と犬の分類が 1 エポックで 97% 台(一から作った小さな CNN では Oxford-IIIT Pet 37 品種で検証 0.491 止まり)。オートエンコーダー・GAN は画像を作り、物体検出は四角で位置を、セグメンテーションは画素ごとに当てる
- V. 自然言語処理(13〜20) — BoW / TF-IDF → 埋め込み(Word2Vec、GloVe)→ 単語を予測する課題で埋め込みを学習する言語モデル(CBoW)と進み、最後が LLM の出発点。RNN / LSTM はニュース分類で TF-IDF との差がわずか。Transformer はアテンションで全単語を同時に見る。BERT の追加学習は画像の転移学習と同じ考え方。NER は BIO タグの分類で、単語単位の正解率はパディングと O タグで水増しされる(「全部 O」で 0.968)ので固有表現単位の F1 を見る。ノートブックの GPT は GPT-1 で、プロンプトだけではタスクを解けない
- VI. その他(21〜23) — 遺伝的アルゴリズム(交叉・突然変異・選択。効率のよい全探索がある問題では全探索のほうが速い)、深層強化学習(CartPole は方策勾配法で数十〜百数十エピソードで支えられるが、Mountain Car は報酬の工夫なしでは解けない)、マルチエージェント(NetLogo の Flocking。NetLogo は 2025 年 9 月に 7.0、NetLogo Web でも動く)
- VII. AI 倫理(24) — Microsoft の責任ある AI の 6 原則。詳細と Fairlearn での検証は責任ある AI
黙って結果を変える教材の誤り
エラーにならず結果だけが静かに間違う箇所が各パートにある(沈黙する失敗の典型)。
- CV: フレーム差分の uint8 桁あふれ、
vgg.eval()忘れで分類が揺れる、AAE の識別器が一度も更新されない、DCGAN の生成器が評価モードのまま学習、セグメンテーションでシグモイドを 2 重がけ(BCEWithLogitsLossとの併用) - NLP: 学習済み埋め込みが
weight[i].data = ...で書き込まれていない、TensorFlow 版の埋め込みが 2 行ずれている(直すと 0.61 → 0.8661)、AG_NEWS の学習とテストを逆に受け取る、BERT のウォームアップをサンプル数で計算して学習率がほとんど上がらない、ロジットを確率として損失に渡す - その他: N クイーンの
genetic()が正解でない解を返す、突然変異の確率が説明(30%)と違い 20%、CartPole-v1 の「解けた」基準に v0 の 195 を使っている - 損失をバッチサイズで 2 回割っていて表示が小さすぎる誤りは CV・NLP の補助モジュールに共通
2026 年の環境で動かすときの共通の注意
- 日本語版フォルダからは動かない —
data/や補助モジュール(pytorchcv.pyなど)が無い。ノートブックは英語版lessons/で動かし、説明を日本語版で読む - Mac では GPU(MPS)が選ばれず CPU で動く — デバイス選択に
mpsを足す(DCGAN は CPU で 1 エポック約 2,400 秒、MPS で 6〜10 秒) - Keras 3 / PyTorch 2.6 / NumPy 2 —
lr→learning_rate、保存拡張子.keras、torch.load(..., weights_only=False)、np.int削除など。Keras 3 では GAN の識別器が学習しないセルもある - torchtext は開発終了でレッスン 13〜18 の PyTorch 版はそのまま動かない
- Gym は NumPy 2 非対応 — Gymnasium に置き換え、
reset()とstep()の戻り値(terminated/truncated)を書き換える - 日本語版はラボや課題の説明が欠けている箇所があり、英語版と突き合わせる
日本語版だけをクローンする
リポジトリには 50 以上の言語の翻訳が入っていて大きい。README の sparse-checkout 手順をそのまま使うと日本語版も消えるので、除外したうえで ja だけを戻す。
git clone --depth 1 --filter=blob:none --sparse https://github.com/microsoft/AI-For-Beginners.git
cd AI-For-Beginners
git sparse-checkout set --no-cone '/*' '!translations' '!translated_images' '/translations/ja/' '/translated_images/ja/'
日本語版の本文は画像を translated_images/ja/ から相対パスで参照するので、translated_images/ja/ も戻さないと図が全部リンク切れになる。作業ディレクトリ全体は約 222MB になった。
LLM を説明できるようになりたい場合の絞り方
- レッスン 03〜05 でニューラルネットワークと学習の仕組み
- レッスン 13〜18 でテキスト表現から Transformer / BERT まで
- レッスン 20 で言語モデルとしての GPT の考え方(GPT-4 の行は読み飛ばす)
- 現在の LLM 活用は Microsoft の Generative AI for Beginners / AI Agents for Beginners に引き継ぐ
関連ページ
- 記号的 AI(知識表現とエキスパートシステム) — パート II の内容
- ニューラルネットワークの基礎 — パート III の内容と Notebook の動かし方
- 責任ある AI — パート VII の内容と Fairlearn での検証
- 沈黙する失敗 — エラーにならず結果だけ変わる教材の誤り
- RAG — 教材が扱わない現在の LLM 活用の一例
- AI エージェント — 同上
ソース記事
- Microsoft の AI-For-Beginners 日本語版 — LLM の「手前」を積み直す教材として使う — 2026-09-29
- AI の歴史と基本をやさしく解説 — Microsoft AI-For-Beginners レッスン 01 — 2026-09-29
- 知識表現とエキスパートシステムをやさしく解説 — Microsoft AI-For-Beginners レッスン 02 — 2026-09-30
- ニューラルネットワークの基礎をやさしく解説 — Microsoft AI-For-Beginners レッスン 03〜05 — 2026-09-30
- コンピュータビジョンの基礎をやさしく解説 — Microsoft AI-For-Beginners レッスン 06〜12 — 2026-10-02
- 自然言語処理の基礎をやさしく解説 — Microsoft AI-For-Beginners レッスン 13〜20 — 2026-10-02
- 遺伝的アルゴリズム・強化学習・マルチエージェントをやさしく解説 — Microsoft AI-For-Beginners レッスン 21〜23 — 2026-10-02
- AI 倫理と責任ある AI をやさしく解説 — Microsoft AI-For-Beginners レッスン 24 — 2026-10-02